1978.6 |
ニューヨークにて。リトナーがモデル開発に合意。「今,ぼくが使っているギターよりいいものができるのなら,協力しよう。」(○:1982.3,4ギターマガジン広告。以下同様。) |
1978.10 |
東京にて。リトナーが当時のレギュラーモデルについてダメ出し。「音がうすすぎる。もっとあたたかい音を」(○) |
1979.2 |
LAにて。リトナーがダメ出し。「1弦と他の弦のトーンが違うよ。」(○) |
1979.6 |
LAにて。リトナーがダメ出し。「音が伸びない。特にハイトーンのサスティンを」(○) |
1980.1 |
LAにて。3回目のプロト8本がバーバンクへ送られるが返事がない。(○) |
1980.4 |
オフィスにて。リトナーから電話。「No.4が素晴らしい。ネック,ピックアップを改善せよ。バターのように滑らかなフィンガリング,無理のないベンディングができるようにしよう。」(○) |
1980.7 |
LAにて。第4回のプロトに対する回答はすぐ来た。非対称ネック・ジャカランダ指板・USAフレット採用を決定。(○) |
1980.10 |
LAにて。第5回のサンプルに対してリトナー「GOOD!」。「ラインに乗せたものを見てみたいね」とリトナー,気軽に言う。(○) |
1981.3 |
・リトナーのアルバム「RIT」リリース(本器使用)。
・オフィスにて。リトナーが製品化された20本をチェック。「キャプテン・フィンガーズは,かたずを飲んで見守る我々にウィンクした。親指を立てた。笑った。」(○)
・ギターマガジン4月号にてLR10の初広告。「1978年7月1本のギターがリトナーの元に届けられ,1980年11月リトナーの言う「A
BIRTH OF THE GUITAR」の時がやってきた。」 |
1981.6 |
LAにて。マリブに完成したリトナー邸で完成打ち上げパーティー。「夜の闇のむこうに広がっているはずの太平洋に向って新しいエナジーの誕生を私たちは感じた。」(○) |
1981.10 |
ギターマガジン11月号新製品紹介の中に掲載。この時点では「価格未定」。 |
1981.12 |
プレイヤー1982年1月号「いま,国産ギターが一番エグイ」にてリトナーの談話。
・約1年半前にイバニーズから申し出があったがウソだと思った。
・送られてきたギターを他のと同じようにほっぽり投げておいた。
・ある日使ってみたらぶったまげた。自分の335に勝っていた。 |
1982.3,4 |
ギターマガジン4月号・5月号にて見開きカラー広告(○)。
同5月号「チェック&レポート」の記事にて松下誠氏が試奏。
・音色がクリア,パワーがある。
・ソリッド的だがそれがよい。
・ピークを6弦側にしたネックが素晴らしい
・ブラスナットの好みは人それぞれ。
・fホールが塞いであるのが最大の特徴。
・ピックアップはパワーは問題ないがリアで少し固い音が欲しい。タップできれば良かった
・コントロールノブのゴムは良いアイディア
・風格溢れる美しいギター
・総合評価85点 |