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Ibanez LR10(リー・リトナーモデル)研究
 2021年1月に入手したLR10について,もっと知りたい!との思いからまとめてみました。
●総論
〜LR10の歴史 1981年完成、1982年春リリース、1986年製造中止〜
 本器については,珍しいことにその開発の過程が広告で公表されている。その他カタログ・雑誌の情報を織り交ぜて本器の歴史を年表化してみる。 

1 開発からリリースまで
1978.6 ニューヨークにて。リトナーがモデル開発に合意。「今,ぼくが使っているギターよりいいものができるのなら,協力しよう。」(○:1982.3,4ギターマガジン広告。以下同様。)
1978.10 東京にて。リトナーが当時のレギュラーモデルについてダメ出し。「音がうすすぎる。もっとあたたかい音を」(○)
1979.2 LAにて。リトナーがダメ出し。「1弦と他の弦のトーンが違うよ。」(○)
1979.6 LAにて。リトナーがダメ出し。「音が伸びない。特にハイトーンのサスティンを」(○)
1980.1 LAにて。3回目のプロト8本がバーバンクへ送られるが返事がない。(○)
1980.4 オフィスにて。リトナーから電話。「No.4が素晴らしい。ネック,ピックアップを改善せよ。バターのように滑らかなフィンガリング,無理のないベンディングができるようにしよう。」(○)
1980.7 LAにて。第4回のプロトに対する回答はすぐ来た。非対称ネック・ジャカランダ指板・USAフレット採用を決定。(○)
1980.10 LAにて。第5回のサンプルに対してリトナー「GOOD!」。「ラインに乗せたものを見てみたいね」とリトナー,気軽に言う。(○)
1981.3 ・リトナーのアルバム「RIT」リリース(本器使用)。
・オフィスにて。リトナーが製品化された20本をチェック。「キャプテン・フィンガーズは,かたずを飲んで見守る我々にウィンクした。親指を立てた。笑った。」(○)
・ギターマガジン4月号にてLR10の初広告。「1978年7月1本のギターがリトナーの元に届けられ,1980年11月リトナーの言う「A BIRTH OF THE GUITAR」の時がやってきた。」
1981.6 LAにて。マリブに完成したリトナー邸で完成打ち上げパーティー。「夜の闇のむこうに広がっているはずの太平洋に向って新しいエナジーの誕生を私たちは感じた。」(○)
1981.10 ギターマガジン11月号新製品紹介の中に掲載。この時点では「価格未定」。
1981.12 プレイヤー1982年1月号「いま,国産ギターが一番エグイ」にてリトナーの談話。
・約1年半前にイバニーズから申し出があったがウソだと思った。
・送られてきたギターを他のと同じようにほっぽり投げておいた。
・ある日使ってみたらぶったまげた。自分の335に勝っていた。
1982.3,4 ギターマガジン4月号・5月号にて見開きカラー広告(○)。
同5月号「チェック&レポート」の記事にて松下誠氏が試奏。
・音色がクリア,パワーがある。 
・ソリッド的だがそれがよい。 
・ピークを6弦側にしたネックが素晴らしい 
・ブラスナットの好みは人それぞれ。 
・fホールが塞いであるのが最大の特徴。 
・ピックアップはパワーは問題ないがリアで少し固い音が欲しい。タップできれば良かった  
・コントロールノブのゴムは良いアイディア 
・風格溢れる美しいギター 
・総合評価85点

2 スペックについて
 検証の結果,大まかには以下の外観変更が認められる。詳しくは「シリアルについて」参照のこと。
ペグ ブリッジ スタッドボルト ノブ
1982 velve tune I

velve tune II
special flat

round
sure grip I

sure grip II
1983 velve tune II special round sure grip II
1984 velve tune II special round sure grip II
1985 smooth tuner II Gibraltar II round sure grip II
1986 smooth tuner II Gibraltar II round sure grip II


 細かいスペックの変遷については、次の表を参照されたい
*表記は原文ママ。
1982 1982カタログ(1981.10発行)
・ボディ:フレームメイプルトップ メイプル+マホガニー2層ブロック
・ネック:マホガニー+メイプル+マホガニー3ply 非対称シェイプ
・フィンガーボード:ブラジリアンローズウッド
・ピックアップ:LRスペシャル アルニコマグネット・アメリカンワイヤー使用
・スケール:24 3/4
・フレット数:22(ジムダンロップ)
・ブリッジ:スペシャル
・テールピース:クイックチェンジ
・マシンヘッド:ベルベチューン(ノンアジャスタブルマシンヘッド)
・コントロール:ヴォリューム×2 トーン×2 トグルスイッチ
・カラー:アンティークバイオリン(AV)
*センターブロック スプルース メイプル マホガニー スプルース
*フィードバックを押さえるfホールカヴァー
*来春発売予定

(注)
・リトナーの機材写真の一部としても掲載されているが,それはエスカッションが白,テイルピースは初期のクイックチェンジ(三角形のメタルベース付き),明らかに市販の物とは異なる。

・ペグ/ノブ/ブリッジ外観
1982年,生産初期に見られるベルベチューン。
ほどなくこの年ベルベチューンIIに変更された。ただし印字は「VELVE TUNE」のまま。シャフトが長くなった?
初期シュアグリップ。現在ではゴム部分が欠落したり,他のノブに交換されていることも多い。 「special」ブリッジ+「Quick change」。スタッドボルト表面はフラット。これが1982年終わり頃からラウンドに変わる。
1983 1983カタログ
・ピックアップについて「リー・リトナーのリクエストにより,スーパー58をアレンジしました。」「約10%のパワーアップはリトナーサウンドの重要な要因。」
・「リトナーは愛用していたコンプレッサーを捨ててしまったという。」
・テールピース:「Quick ChangeII」 ・マシンヘッド:「Velve TuneII」 と変更。
・コントロールノブはこのころから変更か。
シュアグリップII。ゴム部分が増量されている。 1983カタログに掲載されたストラップピン「DEAD END」。非常に特徴的な外観だがストラップのスムーズな着脱は困難なため,交換されていることが多い。
1984 1984カタログ
・指板は「Jacalauda」と表記変更。「Jacalanda」の誤記であろう。
・ブリッジは前年までの「Special」からなぜか「Tune-O-matick」に変わっている。
・ペグはVelve TuneII。
1985 1985カタログ
・ブリッジは1984年と異なり「Special(Germany)」となっている。
・ペグはSmooth TunerIIに変更。

「Smooth TunerII」。「Velve TuneII」との違いは,ヘッド裏ギア収納部分の機構に段差が少なく,なめらかにデザインされている点。かつ「Smooth TunerII」の印字あり。

1986 1986カタログ
・フレットはJim Dunlop6150であることを明示している。
・ブリッジはGibraltarIIに変更。
・ペグはSmooth TunerII。

GibraltarII。サドル固定ネジが特徴。おそらく1985年頃からこのブリッジに変更された。

●シリアルについて
〜LR10のシリアルは独特
:「L」=「リー・リトナー」,数字左端の「8」+末尾で生産年〜


 Ibanezのシリアルに関しては,「左端が生産月を示すアルファベット」「その次の数字二桁が生産年」とされることが多い。結果として多くの日本のウェヴサイトでは,LR10に関して「1980年(12月)製」または「1981年(12月)製」と紹介されている。また,資料本『ギター・アラウンド・ザ・エイティーズ』(2010年)に掲載されているシリアルL804572の個体も,1980年製ということになっている。
 だが,LR10のほとんどが1980〜81年製とは少し考えればおかしいことがわかるだろう。大体LR10が実際に市場に出始めたのは1982年春であり,1986年版のカタログまでは掲載されているし,これは再検討の余地ありと考えた。
 答えは比較的簡単に出た(笑)。海外サイト「Ibanez.fandom.com」によれば,これは「LYPPPPY」という理屈だそうで
  • L = Lee リトナーモデル
  • Y = 生産年は最初と最後の数字
  • PPPP = その年の生産番号

となる。例えば先のシリアル「L804572」は「リトナーモデル1982年457番目の生産」となる。このシリアルシステムに従えば細かな仕様の変更もスムーズに説明できるため,妥当と考える(下表参照)。
 もしこれまで通りの解釈であれば,「すべて1980年か1981年の12月にのみ作られた。販売は1986年までなされた」・「通し番号なのに数字1の位には0,1,7,8,9は絶対に登場しない」「通し番号なのにスペックバラバラ」というおかしなことになってしまうだろう。
 なお,この件に関して言及したのは当サイトがおそらく日本初であることは記しておきます(笑)。

●スペックとシリアルの関連検証
 〜ペグvelvetuneI・フラットなスタッドボルト・sure grip I は初期型,
ペグsmooth tuner II,ブリッジGibraltarII は後期型の特徴〜


 シリアル検証のために,ウェブ上で確認できるLR10シリアルナンバーと,特徴的な外観1:ペグ形状,外観2:ブリッジ形状,外観3:スタッドボルト表面の形状,外観4:ノブのタイプ,の関連を調べてみた(ストラップピンは交換率が高いようなので対象にしなかった)。すると1982年の後半,すなわちリリース後1年経たないうちにペグ・スタッドボルト・ノブの変更,1985年頃にペグ・ブリッジの変更があったことが無理なく説明できた。
 

外観1:ペグ形状 
 「Velvetune」:ノブにクビレなくフラットな印象。
 「VelvetuneII」:ノブに独特のクビレあり。ギアボックス〜シャフトに段差あり。
 「Smooth TunerII」:ノブに独特のクビレあり。ギアボックス〜シャフトに段差なく滑らかな外観。
外観2:ブリッジ形状 
 「special」:GibsonABRに似たシンプルな形状。カタログでは1984年を除きこの名称。
 「GibraltarII」:サドル固定機構が付いたワイドトラベル型。
外観3:スタッドボルト表面
 「flat」:平面状。
 「round」:球状。
外観4:ノブ
 「sure grip I」:リリース時からのゴム付きノブ。厳密には「I」はつかないがこう表記する。IIよりも透明度が高く円筒形ぽい印象。
 「sure grip II」:ゴム部分が増量された改良型?

※数字6桁のうち,2桁目は非表示とした。

(補足)
○末尾が0または1というシリアルは確認できなかった。1982年版カタログ(1981年10月発行)には実機写真が掲載されているのだが。もし存在すれば公式発売前の極初期モデルということになる。
○上表から,現存するLR10は1982年製が圧倒的に多いことがわかる。発表直後だけに生産量も多かったのだろう。1982年は約1800本以上も生産されたのだろうか?


●ピックアップについて
〜「LR-Special」は
初期のGreco「Dry」・Ibanez「Super58」のパワーアップ版か〜


 本器のピックアップは「LR-Special」という専用のものが搭載されている。裏には「Super58」の刻印と「Z」のスタンプが押されているのが特徴。調べた上で結論から言うと,以下の通りである。あくまで推察・仮説ですのでご承知置きください。今後の検証や証言に期待します。

1 「LR-Special」は当時の「Super58」を原型とし,リトナーの要求でパワーアップさせたものである(資料1,2)。
2 LR10開発当時の「Super58」は初期の「DRY」と同一である可能性が高い(資料3:アルニコ3マグネット・Zスタンプ)。
3 「LR-Special」とGrecoの初期「DRY」は米国製コイルワイヤーという点で共通である(資料1,4)。
1〜3を総合すると,Grecoの初期「DRY」=初期「Super58」をパワーアップさせたものが「LR-Special」と言えるのではないか。
少なくともこの3種のピックアップは深い関係にあると思われる。


 「LR-Special」についての情報をカタログから引用する(資料1)。
・アルニコマグネット,アメリカンワイヤーを使用(1982年版カタログ)
・「リー・リトナーのリクエストにより,スーパー58をアレンジしました。」「約10%のパワーアップはリトナーサウンドの重要な要因。」(1983年版カタログ)
・スーパー58のキャパシティを約10%も超越するスーパー・パワーです。(1984年版カタログ)
・カスタム・ターンによるLR-Special。アルニコ・マグネットによるパワフルな性格もみのがせない特長。(1986年版カタログ)

 次に,海外サイトの記述を紹介する(資料2。意訳の上要約)。
・ZスタンプマクソンPUと同じ。抵抗値はグレコDRY-Zとは大きく異なる。(mylespaul.com)
・ネック11.97K,ブリッジ12.16K。(mylespaul.com)
・13.72K。明るく暖かいミッドレンジ。(ibanez.fandom.com)
・明確で明瞭で,ジャズやブルースに最適(ibanezcollectors.com)
・非常に宣伝された「LRスペシャル」ハムバッカーは実際には底板に「Z」が刻印されたスーパー58であることを発見してがっかり。Ibanezが単にLRスペシャルのためスーパー58の底板を転用し,区別できるように「Z」をスタンプした可能性がある。(cikguazizgearblog.blogspot.com)
・背面に"Z"スタンプの「スーパー58 LRスペシャル」ピックアップ。ヴィンテージイバニーズスーパー58との違いは,リー・リトナーの特別な要求でそれらをオーバーリールしたという点にある。彼は当時のスタイルのための「非常に熱い」音を望んでいた。(guitariste.com)
・Super 58 "Z"は,通常,Ibanez LR10のマイクである。(guitarsmadeinjapan.fr)

 「Super58」とGreco「DRY」に関する記述(資料3)。
・イバニーズのスーパー58とグレコのZ-DRYは,アルニコ3を用いた同じモデルだと言われています。(ed-hunter.hatenablog.com)
・イバニーズとグレコのピックアップは,80年代初頭までマクソンによって作られた。グレコドライZ(ドライ82ではない)とイバニーズ Super58の両方がアルニコ3マグネットを使用している。イバニーズSuper58は,彼らのトップラインのギターにインストールされ,グレコのドライZピックアップと同じだった。(tokaiforum.com)

 Greco「DRY」に関する記述はウェブ上に数多いが,一次資料として『ギター・グラフィック』第5号およびameblo.jp/ktguitarresearchから,開発者の高野順氏の記述の中で特に注目すべき箇所をまとめる(資料4)。
・DRY開発当初,工場に少量存在した米国製AWG42線を試し,採用した。
・裏のベースに"Z"のゴムスタンプが押された。
・米国製コイルの在庫が尽き,DRYは改悪されてしまった。


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