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文学・日本文化研究に関する覚え書き
常に工事中。
仕事に関係なくもない私の趣味(文学,日本文化研究)に関する覚え書きです。

2013年4月28日開始。
土田知則・神郡悦子・伊藤直哉『現代文学理論 テクスト・読み・世界』(新曜社,1998.1.20)より

物語論
○ジュネット『物語のディスクール』(1972)
・物語の三つの相:A物語言説(テクスト),B物語内容,C物語行為
・AとBの関係

T 時間
 a 順序(後説法,先説法)
 b 持続(物語言説の速度 休止法:描写,情景法:台詞,要約法:基本的叙述,省略法:話が飛ぶ)
 c 頻度(単起法,反復法,括復法)

II 叙法
 物語情報の制御の仕方:選別,加工
 a 距離(再現された言説−直接話法,転記された言説−間接話法,語られた言説−地の文)
 b パースペクティブ(視点,焦点化:焦点化ゼロ−神の視点,内的焦点化−視点人物,外的焦点化−カメラアイ)

III 態
 語り手に関する問題
 a 語りの時間(後置的−過去形,前置的−予言的,同時的−現在形,挿入的−日記,書簡)
 b 語りの水準(物語世界外的−作者,物語世界(内)的−登場人物が語り手,メタ物語世界的−第二次の物語言説)
 c 人称(等質物語世界的なタイプ−一人称。語り手が「私」と言いうる,異質物語世界的なタイプ−三人称。語り手が「私」と言うことがない。

テクストと記号
○ウンベルト・エーコ
・作品は解釈者に対して開かれている。
・ただし解釈秩序の限界が設定されている。

○バルト
・作品と作者に対する死の宣告
・テクストは,引用の織物である。
・読者は積極的に意味を生成し,生産行為を行う主体である。

メタファーとメトニミーの可能性
○メタファー:隠喩,類似性,例「君はボクの太陽だ」 メトニミー:喚喩,隣接性,例「土が付いた」
・メトニミーは西欧的論理と異なる思考を探求する

読者の誕生

○「作家論」「作品論」と「実証主義的文学研究」
 作者の伝記的事実への関心

○ニュークリティシズム
 作品そのものへの注目

○ヤウスによる受容理論
 作者の時代,作品の時代,読者の時代
 読者とは何者か?

○イーザー『行為としての読書』
 内包された読者
 レパートリィ(テクスト伝達の素材)
 ストラテジー(レパートリィの配置構造)
 前景/背景(レパートリィとテクスト外との選択関係)
 パースペクティブ(遠近法。1語り手,2登場人物,3筋,4読者の想像力)

○スタンリー・フィッシュ
 読者反応批評(読者はいかにテクストに反応しているか)
 解釈共同体,素養ある読者(テクストの無政府状態,主観主義への歯止め)

作品から文学現象へ

○ジークフリード・シュミット
 『経験的文学研究の概要』
 文学テクストから文学行為へ,さらには文学現象へ
 文学を広い意味の社会コミュニケーションとして捉える
 1 テクストを創造する文学創作行為
 2 テクストを媒介させる文学媒介行為(出版社,書籍流通,取次,図書館)
 3 テクストを受容する文学受容行為(読書,観劇)
 4 テクストを他のテクストに変換する文学加工行為(批評,翻訳,映画化)
ウォルフガング・イーザー 『行為としての読書』―美的作用の理論』(岩波現代選書,1982)より
※読者論の古典とされるが,轡田収氏の翻訳の言葉遣いからして実に難解なため,本文の引用の他,私流に読解,言い換えたメモを以下に記す。特に「IV テクストと読者の相互作用」から。
※私にとって,本書の文章自体が巨大な「空所」であった(笑)。とりあえず私が読み取ることのできたイーザーの主張をまとめておくならば,以下のようになる。

 人間に接するのと同様,読者はテクストに対し絶えず「空所」を補填することでコミュニケーションを行う。その過程において,読者はこれまで自覚していなかった自身の規範,価値観を対象化し,改変していく。空所によるこれまでの自身の否定,これが文学の価値である。


・対人関係は「空所」を絶えず補填することで成り立つ。テクストも同様。
・空所とは,不確定性である。空所があるからこそコミュニケーションが成立する。
・明示と暗示は弁証法的にからみあう。記号の欠如はそれ自体が記号。
・空所はテクスト内の「飛び地」である。
・空所は読者の想像を引き起こすがその想像の可能性はテクストによる縛りがある。なんでもありではない。
・現代文学は見解が多様になる傾向。「不協和音」が基本となっている。
・したがってインガルデンのいう「正しい」具体化,という主張は容認できない。
・現代文学における「計画的なわかりにくさ」は情報が意図的に与えられないところから生じる。
・語られないことがテクストの語ることを構成する。
・芸術の課題は世界の認識というよりむしろ世界の補完である。
・テクストにおける不確定性は空所と否定という2つの基本構造がある。
空所はテクストという包括的なシステム内部の空白を指し,その補填はテクストがもつさまざまなパターンの結合によって行われる。(「空所」の定義)
・空所はテクストの関節のようなもの。叙述の遠近法それぞれの接合部を示す。読者の想像の条件を示す。
・断片的な語りにより読者の想像力は刺激される。想像は読者自身の行動様式,規範,無意識を意識化し,自己観察を促す。
・例えば,映画の予告編は空所を利用して想像・興味を駆り立てる。
・現代の虚構テクストの特徴は,期待感を起こさせる手法を用いておいては,それを空所に変えるところにある。
読者はテクストによって自らがこれまで持っていた規範を否定される。(「否定」の定義)
・「否定」によって「空所」が生み出される。
・空所はテクストに欠如しているもの,従って読者の想像行為によってしか現前化しえないものの所在を指示している。
・空所は読者の持つ古い意味を否定して主題化する。(空所はこれまでの規範を対象化する)
・空所によってこれまでの自分が否定される。これが文学の価値基準ではないか。
・現代文学ではこの,空所による自己否定に重きが置かれる傾向にある。
・テクストは緊張や葛藤を展開するが,最後には解消される,と言う考え方は古典的・歴史的期待に過ぎない。
テクストに明示されていることは,表現されていない背景を控えている。テクストの言語表現は表現されていないものによって裏打ちされている。(「否定性」の定義)
三好行雄 編『近代文学史必携』 (學燈社 1989.4.10) 「近代文学史のキーワード」より

○啓蒙思想
・明治初年〜10年代
・明六社(森有礼・西周・福沢諭吉・中村敬宇)・「明六雑誌」
・功利主義・立身出世
・福沢は唯一の民間人。「西洋事情」「文明論之概略」「学問のすすめ」
・中村敬宇 「西国立志編」

○三条の教憲と文学・芸能
・明治5年4月教部省布告
・敬神愛国,天地人道,皇上・朝旨
・神官・僧侶,そして戯作者らの動員
・芸能が教部省の監督下に置かれる

○小新聞と続き物
・明治初年〜10年代
・大新聞=知識人対象,
・小(こ)新聞=大衆対象。読売新聞が代表。
・明治10年代後期から大新聞と小新聞は接近,現在の新聞の原型となった。
・戯作者に創作性を帯びた記事:「続き物」

○反近代
・西欧化への嫌悪感,違和感からの表現行為
・和文・漢文の使用
・成島柳北「柳橋新誌」〜永井荷風
・幸田露伴・泉鏡花
・樋口一葉・与謝野晶子

○翻訳小説
・明治10年代
・書生を中心に熱狂的に読まれた。
・日本の小説に翻案する手法:坪内逍遙「春風情話」
・英・シェークスピア,リットン 仏:ユゴー,ヴェルヌ
・丹羽純一郎「花柳春話」,川島忠之助「八十日間世界一周」
・政治小説と重なり合う。

○自由民権運動
・明治10年代
・国会開設を要求
・西南戦争により鈍化し言論の力によるプロパガンダ発生
・川上音二郎のオッペケペ節
・政治小説:翻訳により活性化 デュマなど
・創作としては矢野龍渓「経国美談」,東海散士「佳人之奇遇」

○改良主義
・明治10年以降〜明治20年代
・社会進化論を根拠として日本の文物を西欧的に改良
・モース,スペンサー,フェロノサ
・弱肉強食,優勝劣敗
・漢字廃止論,ローマ字・仮名文字表記
・言文一致が最も効力を発揮
・徳富蘇峰:明治20年民友社おこす。雑誌「国民之友」により改良主義の指針示される

○文学改良
・明治10年代中頃〜20年代前半
・東京大学の官学アカデミーから発生
・矢田部良吉,外山正一,井上哲次郎「新体詩抄」
・落合直文「孝女白菊の歌」
・坪内逍遙「小説神髄」,主眼は「人情」。社会と人間の内面との関係を書くべきと主張。のち演劇改良へ。

○宗教(キリスト教)と文学
・横浜バンド,熊本バンド,札幌バンド。前2つが明治20年代の思想界を主導。
・横浜バンド:植村正久「日本評論」,巌本善治「女学雑誌」。透谷・藤村・戸川秋骨・平田禿木ら「文学界」同人を輩出。
・熊本バンド:徳富蘇峰:民友社,「国民之友」。蘆花・独歩を輩出。
・ロマンチシズムの端緒だが信仰は浅い。

○言文一致
・漢文和文を軸とした従来の文体を口語体で組み替えていった。
・福沢諭吉ら啓蒙思想家と重なる運動。
・明治17年から文学において大きな動き。
・坪内逍遙から山田美妙,二葉亭四迷へ。
・二葉亭「浮雲」「あひゞき」で初めて達成。

○国粋主義
・欧化主義に対する反動
・明治10年代後半〜
・明治21年政教社 井上円了・三宅雪嶺・杉浦重剛・志賀重昂 機関誌「日本人」
 後年の偏狭さとは無縁
・雪嶺:「真善美日本人」 日本人の「一大任務」を説く。後年の社会主義にさえ通ずる要素。
・紅葉・露伴・逍遙らによる西鶴・近松の再評価
・明治30年 大日本協会による機関誌「日本主義」
 高山樗牛の主張は根拠薄弱,情緒的。
・大正4年 岩野泡鳴による独自の日本主義は孤立的
・昭和期 日本浪漫派の運動

○写実主義
・明治18年 逍遙「小説神髄」
・勧善懲悪からノベルへ
・明治19年 二葉亭四迷「小説総論」で写実の本質「実相を仮りて虚相を写す」を主張。
・明治25年 尾崎紅葉は逍遙の影響下に「三人妻」を書くも逍遙の拡大再生産にとどまる。
・明治24年 没理想論争 鴎外からの攻撃で逍遙は沈黙。
・明治20年代 硯友社新世代から観念小説・深刻小説・社会小説生まれるも短命。
 かえって樋口一葉晩年に実りあり。
・明治30年代 ゾライズム:小杉天外・永井荷風 自然主義へ接続

○浪漫主義
・明治20年代:前期浪漫主義
 透谷・藤村・独歩:キリスト教の影響下
 時代の閉塞感。内面の発見。現実と理想の乖離。例 透谷
・明治30年代:後期浪漫主義
 持ち場を限定した浪漫精神の発揮 
  例 藤村「若菜集」,鉄幹・晶子ら,薄田泣菫,蒲原有明
 高山樗牛の個人主義への転向
 独歩,泉鏡花の活躍
・明治40年代:新浪漫主義
 自然主義に対抗して興った。
 北原白秋,木下杢太郎,永井荷風,谷崎潤一郎(スバル,三田文学,新思潮系)
 パンの会:耽美主義
 以上は啄木の言う「時代閉塞の状況」と即応したもの。

○批評の確立
・明治20年代
 森鴎外
  審美批評を導入。評論雑誌「しからみ草子」。
  逍遙との没理想論争(ゾラ批判から発展)。「理想(イデー)」をハルトマン美学に依拠。
 その他:石橋忍月,斉藤緑雨,内田不知庵
 北村透谷
  批評即自己表現。「厭世詩家と女性」(明治25)。
  「人生相渉論争」を山路愛山(民友社)相手に展開。「内部生命論」(明治26)

○想実論
・明治20年代が中心
・逍遙「小説神髄」(明治18)
 人情=内面=「実」,勧善懲悪的イデオロギー=「想」。 小説は「実」を模写すべし。
・二葉亭四迷「小説総論」(明治19)
 模写の対象は「想」=「虚相」=自然
・ 典型は「人生相渉論争」 山路愛山と透谷
・模写とは? 自然とは?

○観念小説
・明治28,29年頃
・作者の観念を明確に打ち出す小説。硯友社系。日清戦争後の諸矛盾を反映。
・川上眉山「書記官」,泉鏡花「夜行巡査」「外科室」「海城発電」
・作者が直接顔を出す場合も。
・深刻小説・悲惨小説へ。広津柳浪「変目伝」「黒蜥蜴」「亀さん」「今戸心中」「河内屋」,小栗風葉「寝白粉」「亀甲鶴」
・短命だがリアリズム発展上の一エポック。

○社会小説
・明治29年「国民之友」の「社会出版小説予告」が発端
・民友社の影響高まる。観念・深刻小説への不満
・内田魯庵「くれの廿八日」「破垣」「社会百面相」
・徳富蘆花「不如帰」「黒潮」,尾崎紅葉「金色夜叉」,小栗風葉「政駑」,後藤宙外「腐布団」

○家庭小説
・明治30年代の通俗小説
・深刻・悲惨小説への反動
・内田魯庵「くれの廿八日」
・徳富蘆花「不如帰」,尾崎紅葉「金色夜叉」
・主人公も社会の上中流の子女が選ばれる傾向
・キリスト教的夫婦愛,近代的家庭観
・久米正雄や菊池寛らの通俗小説へつながっていく

○社会主義文学
・明治30年代以降の木下尚江らの作品(狭義)
・日清戦争後の観念小説・社会小説がその予兆
・社会主義運動の高揚 運動誌「労働世界」
・徳富蘆花「黒潮」
・木下尚江「火の柱」(明治37年)・「良人の自白」
・木下は平民社の中心。田岡嶺雲による激賞。
・大逆事件による暗黒時代:石川啄木「時代閉塞の状況」

○結社と文学
・明六社(明治7年) 「明六雑誌」 啓蒙主義
・民友社(明治20年) 「国民之友」 徳富蘇峰 キリスト教的欧化主義
・政教社(明治21年) 「日本人」 宅雪嶺・杉浦重剛・志賀重昂 国粋主義
・平民社(明治36年) 「週刊平民新聞」 幸徳秋水・堺利彦 非戦論・社会主義

・硯友社(明治18年) 「我楽多文庫」 尾崎紅葉・山田美妙 20〜30年代の小説界を席巻
・「文学界」 北村透谷・島崎藤村 宗教・道徳からの独立 前期浪漫主義の拠点
・新詩社(明治26年) 「明星」 与謝野鉄幹・晶子 アマチュアリズム 師弟関係否定 後期浪漫主義の牙城
・根岸短歌会 正岡子規
・竹柏会 佐々木信綱  

○自然主義
・もと19C前半ゾラの提唱 遺伝と環境
・最初に鴎外がゾラ批判(明治22年「小説論」)
・明治30年代 ゾライズム(前期自然主義)
 小杉天外「はやり唄」,永井荷風「地獄の花」,田山花袋「重右衛門の最後」:遺伝理論の手軽な応用
・明治39年 藤村「破戒」:リアリスティックな仮構小説
・明治40年 田山花袋「蒲団」:「告白」偏重
・長谷川天渓も「無理想無解決」をとなえる
・挫折した浪漫主義者にとって「真」は自己や自己周辺のみ。想像力は介入しない。
・大正期の私小説・心境小説へ
・描写論への関心集中:花袋「露骨なる描写」(平面描写)
・傍観的・観照的な芸術家の態度追求
・岩野泡鳴:行動的自我主義 「一元描写」

○耽美主義
・専ら美の享受・創出を追求
・自然主義への反発
・パンの会(明治41年) 木下杢太郎・吉井勇・北原白秋
・「スバル」創刊(明治42年) 高村光太郎・平野万里・森鴎外・石川啄木・上田敏 「明星」廃刊を受ける
・明治43年にはパンの会に「三田文学」「新思潮」「白樺」同人も参加。時代の文学者が集結。

○大逆事件と文学
・明治43年
・石川啄木「大逆事件真相記録」「時代閉塞の状況」(明治43年)
・平出修「逆徒」(大正2年):発禁
・森鴎外「沈黙の塔」(明治43年)
・木下杢太郎「和泉屋染物店」(明治44年・戯曲)
・徳富蘆花:幸徳秋水の助命運動,「謀叛論」
・武者小路実篤「桃色の室」(明治44年・戯曲)
・与謝野寛「誠之助の死」(詩)
・佐藤春夫「愚者の死」(詩)
・永井荷風「花火」(大正8年・随筆)

○「新しい女」と文学
・明治44年,平塚らいてうによる「青踏」創刊
・新しい女:「青踏」に参加した女性たち
・らいてう:森田草平との心中未遂で好奇の目にさらされる
・「元始,女性は太陽であつた」
・中野初子・物集和子・田村俊子・野上弥生子・茅野雅子,賛助会員に与謝野晶子・長谷川時雨
・その後岡本かの子・伊藤野枝・神近市子
・創作ではあまり成果なし,「婦人問題」へ移行
・明治〜大正における新しい女のイメージを印象づけた。

○理想主義
・明治43年,「白樺」創刊
・反自然主義として「スバル」「三田文学」「新思潮」と共通。
・初期同人:武者小路実篤,木下利玄,志賀直哉,正親町公和,柳宗悦,有島武郎
・学習院〜トルストイ,オイケン,リップス,メーテルリンクの影響
・芥川「爽な空気」
・上流階級を否定しない,外的事件に対し強固に自己を守る姿勢
・有島武郎の自殺は理想主義の限界を示す。

○美術と文学
・明治41年「パンの会」:石井柏亭・森田恒友・山本鼎,北原白秋・木下杢太郎
・美術との交流から新しい文学を生み出そうとした
・文部省美術展覧会(文展)の官製・写実的画風への批判が石井・山下新太郎・有島生馬らの二科会(大正3年)へつながる
・夏目漱石「文展と芸術」(大正1年)での文展批判
・「スバル」「白樺」による西洋現代美術の紹介:セザンヌ・ゴッホ・ゴーギャン・マチス
・高村光太郎:「スバル」「白樺」双方に加わる。ロダンへの憧れ

○新技巧派・新現実主義
・大正中期
・現在は狭義で芥川を中心とした「新思潮」同人を指す。
・当時は自然主義の無技巧,硯友社の旧技巧に対しての「新技巧」の意
・広義には白樺派,耽美派,奇蹟派も含む。
・芥川「大正八年度の文芸界」によれば,真・善・美の調和
・必ずしも強固な安定性はなかった:有島武郎(大正12年),芥川(昭和2年)の自殺

○市民文学
・明治末〜大正期
・封建制脱却,近代市民社会を母体とする
・「新思潮」「奇蹟」「白樺」など
・西洋との差異。自立した個人の不在。
・思想や方法でなく,自己の「心境」安定をめざす方向へ
・プロレタリア文学によるブルジョア批判・新感覚派の台頭

○私小説・心境小説
・作者=語り手
・中村武羅夫「本格小説と心境小説と」(大正13年)
・久米正雄「「私」小説と「心境」小説」(大正14年)
・中村は「心境小説」ばかりのさばりすぎている現状を批判
・久米は「私小説」を小説の本道とする
・第一次大戦後の社会激変が背景:久米は作家自身の安定を求めた
・芥川「文芸的な,余りに文芸的な」(昭和2年):技巧を否定,志賀直哉「焚火」の評価
・この時期の「心境小説」に激動する社会の姿はない
・既成の文学観が動揺するときには必ず「私小説」が新たに試みられる

○民衆芸術論・労働文学・階級芸術論
・大正5年,本間久雄「民衆芸術の意義及び価値」がきっかけ
・「平民」「労働階級」の教化
・大杉栄の批判:「民衆」の芸術
・大正8年,加藤一夫「民衆芸術論」:トルストイの影響,「民衆」創刊,口語自由詩の拠点に
・背景は大正デモクラシー,社会主義運動隆盛
・大正1年,大杉栄,荒畑寒村「近代思想」創刊,労働文学の母体に。
 荒畑「艦底」「冬」「夏」,宮嶋資夫「坑夫」
・大正3年,堺利彦「へちまの花」創刊
・大正8年,小川未明・藤井真澄「黒煙」,加藤一夫・福田正夫「労働文学」創刊,労働文学の拠点に
・大正9年日本社会主義同盟結成
・大正10年小牧近江・金子洋文「種蒔く人」創刊,「階級意識」の自覚生まれるも関東大震災で廃刊
・大正13年小牧近江・金子洋文・青野季吉・平林初之輔「文芸戦線」創刊
・大正14年日本プロレタリア文芸連盟結成,知識人や既成文壇が動揺

○「文芸時代」と新感覚派
・大正13年「文芸時代」創刊,昭和2年まで
・石浜金作・川端康成・加宮貴一・片岡鉄平・横光利一・中河与一・今東光・佐々木津三・十一谷義三郎
・同人の多くは菊池寛「文藝春秋」同人,全く無名ではない
・「新しい文学」を掲げるも統一的運動体ではなかった
・千葉亀雄「新感覚派の誕生」から一つの文学運動へ

○プロレタリア・レアリズム
・昭和3年,蔵原惟人の主張。「戦旗」創刊号
・芸術は感情と思想を社会化する
・二つの型:無産階級の主観的自己表現の芸術・現代生活の客観的「叙事詩」的展開 後者を支持,主観性の排除
・プロレタリア文学の制作方法を理論化

○芸術大衆化論争
・昭和3年,蔵原惟人VS中野重治 「戦旗」 革命(政治)と文学をどう統一するか
・中野:プロレタリア文学を民衆に浸透させる具体的方法。芸術の源泉である大衆の生活を探るべし
・蔵原:如何なる芸術を大衆に持ち込むかが問題。大衆に愛される芸術的形式が必要

○形式主義論争
・昭和3年末〜5年
・横光利一・中河与一ら芸術派からプロレタリア文学へ
・昭和3年中村武羅夫「誰だ?花園を荒らす者は!」
・昭和3年横光利一,平林初之輔・蔵原惟人の「形式論」を論難
・昭和4年蔵原「プロレタリア芸術の内容と形式」:内容と形式の弁証法的交互作用,「新芸術形式の探求へ」:プロレタリア文学が既成の形式を無批判に取り入れてきたことを反省
・昭和4年谷川徹三「文学形式問答」:第三者の立場,「内面的形式」
・昭和5年中河与一「形式芸術論」:芸術派初の理論運動

○近代芸術派(モダニズム)
・狭義の「モダニズム」=「近代芸術派」
・龍胆寺雄・中村正常が中心。エロティシズム・ナンセンスの傾向
・昭和3年龍胆寺雄「放浪時代」:投げやり,無関心
・昭和4年中村正常「マカロニ」(戯曲),ナンセンス文学の代表者
・吉行エイスケ:モダンなエロティシズム
・井伏鱒二,ナンセンス文学の代表者と目される
・稲垣足穂:モダン派の先駆,極致
・嘉村磯多:宇野浩二による激賞,「業苦」「途上」
・梶井基次郎:「檸檬」「城のある町にて」,透明硬質な作品世界

○転向文学
・昭和8年〜9年の転向,昭和10年前後に転向文学発表
・昭和7年日本プロレタリア文化連盟(コップ)メンバー逮捕
・昭和8年小林多喜二逮捕,拷問死
・同年日本共産党指導者佐野学・鍋山貞親の獄中転向声明
・昭和9年コップ解散
・片岡鉄平・島木健作・藤森成吉・村山知義・中野重治・窪川鶴次郎ら,出獄以後転向を主題とする
・転向文学の主題は自我。敗北感,罪悪感
・村山知義「白夜」,立野信之「友情」,窪川鶴次郎「風雪」,徳永直「冬枯れ」,高見順「故旧忘れ得べき」はその苦悩を私小説的に追求
・中野重治(「第一章」「鈴木・郡山・八十島」「村の家」「小説の書けぬ小説家」),島木健作(「癪」)「再建」「生活の探求」)は転向の反省から再帰の道を求めた
・その他,通俗小説家になった者,林房雄のようにファシズムに転向した者

○新心理主義文学
・近代芸術派の終末一流派
・昭和5年頃から
・物質的現象の背後に精神の動きを見る
・ジョイス・プルーストの影響
・伊藤整・堀辰雄 意識の流れ,内的独白
・伊藤整:昭和7年「新心理主義文学」。作品「感情細胞の断面」「M百貨店」「幽鬼の街」
・堀辰雄:コクトー・ラディゲに親しむ。プルーストの手法。「ルウベンスの偽画」「聖家族」「美しい村」「風立ちぬ」
・横光利一:「鳥」「機械」
・川端康成:「水晶幻想」「鏡」
・戦後は中村真一郎,福永武彦,椎名麟三,野間宏に受け継がれる

○文芸復興
・昭和8〜10年
・プロレタリア文学の衰退が背景
・満州国誕生,ジャーナリズム活況も一因か
・老大家の復活
 永井荷風「つゆのあとさき」「ボク東奇譚」
 谷崎潤一郎「春琴抄」「細雪」
 徳田秋声「仮装人物」
 志賀直哉「暗夜行路」完結
 宇野浩二「枯木のある風景」
 室生犀星「あにいもうと」
 山本有三「路傍の石」
・中堅作家の仕事
 横光利一「紋章」「純粋小説論」
・昭和8年「文学界」創刊,転向作家から芸術派まで。文芸復興の始まり。
 川端康成「雪国」
 堀辰雄「風立ちぬ」
 伊藤整「幽鬼の街」
 阿部知二「冬の宿」
 尾崎士郎「人生劇場」
 井伏鱒二「集金旅行」「多甚古村」「ジョン万次郎漂流記」
 中野重治「小説の書けぬ小説家」「歌のわかれ」
 武田麟太郎「銀座八丁」
 舟橋聖一「ダイヴィング」
・新人の登場
 林芙美子「放浪記」「稲妻」
 石川達三「蒼氓」
 太宰治「道化の華」「ダス・ゲマイネ」
 高見順「故旧忘れ得べき」
 外村繁「草筏」
 尾崎一雄「暢気眼鏡」「芳兵衛」
 上林暁「安住の家」
 石川淳「佳人」「普賢」
 北条民雄「いのちの初夜」
・評論は小林秀雄が最も個性的・独創的
 
○行動主義文学論
・昭和9年〜10年
・「行動」を中心とする積極姿勢・行動主義。
・小松清,行動的ヒューマニズムによるファシズムへの対抗
・舟橋聖一,サン・テクジュペリ「夜間飛行」に感銘受ける。「意志的リベラリズム」を主張。
・青野季吉「行動的作品の待望」
・フランスの行動主義は大戦後のニヒリズムや絶望的傾向への反動として興った(小松)
・「能動精神」(青野季吉)
・舟橋「ダイヴィング」「濃淡」,豊田三郎「弔花」,福田清人「脱出」,芹沢光治良「塩壺」,田村泰次郎「日月澤工事」
・戦時体制に対する知識階級の抵抗の一つ
・昭和10年には「行動」廃刊,終焉

○戦争文学
・昭和13年〜20年
・火野葦平「麦と兵隊」が最初。日記体による陣中小説として圧倒的支持
・批判精神を喪った,真実を見ない姿勢
・「土と兵隊」「花と兵隊」「海南島記」「陸軍」
・上田広「鮑慶郷」「黄塵」「建設戦記」「ほんぶ日記」「続建設日記」
・日比野士朗「「ウースンクリーク」「野戦病院」「召集令状」
・小川真吉「隻手に生きる」,棟田博「分隊長の手記」,大嶽康子「病院船」,藤田実彦「戦車戦記」
・岩田豊雄(獅子文六)「海軍」,丹羽文雄「海戦」は既成作家による貴重な記録文学

○国策文学・文学的抵抗
・戦時下の農民文学・大陸文学・生産文学・海洋文学を総称して「国策文学」
・昭和12年,島木健作「生活の探求」がきっかけ
・昭和14年,高見順・伊藤整らによる大陸開拓文芸懇話会
・ 〃     川端康成・坪田譲治らによる少年文芸懇話会
・主体性喪失,自己疎外
・左翼文学出身者が多く支える。政治性優先が抵抗なく国策文学と結びついた
・文芸統制
 昭和13年「婦人雑誌ニ対スル取締方針」,用紙制限など
 昭和15年大政翼賛会 文化部部長に岸田國士
 昭和16年執筆禁止者リスト 徳田秋声「縮図」の中絶
   〃   日本文学者愛国大会
 昭和17年日本文学報国会・日本言論報国会
 昭和18年日本出版会
・文学的抵抗:1私小説・2風俗小説・3歴史小説
 1上林暁・尾崎一雄・外村繁 伊藤整・高見順・太宰治・石川淳
 2広津和郎・織田作之助
 3本庄陸男
 その他 堀辰雄,中島敦

○新戯作派
・敗戦直後
・昭和10年前後にデビュー,戦中の軍国主義に背を向けていた作家たち。無頼派
・石川淳「黄金伝説」
・織田作之助「表彰」「世相」「可能性の文学」
・坂口安吾「堕落論」「白痴」
・太宰治「ヴィヨンの妻」「斜陽」「人間失格」
・田中英光「地下室から」 共産党員挫折
・伊藤整「鳴海仙吉」「小説の方法」
・石川,伊藤以外は破滅型

○風俗小説
・戦後新しく現れた風俗を描く
・結果として風俗を写すことが主になっている小説
・田村泰次郎「肉体の門」 :性の解放
・丹羽文雄「厭がらせの年齢」「哭壁」
・舟橋聖一「鵞毛」
・雑誌「オール読物」「日本小説」「小説新潮」「小説公園」による助長
・石坂洋次郎「石中先生行状記」
・舟橋聖一「雪夫人絵図」
・井上友一郎「ハイネの月」
・北原武夫「聖家族」
・石川達三「望みなきに非ず」
・昭和10年代に方法を築いていた作家が流行作家に
・中村光夫による批判「風俗小説論」:横光の「純粋小説論」から通俗性だけが生かされたのが風俗小説

○性の解放と文学
・カストリ雑誌
・坂口安吾,野間宏,田村泰次郎
・昭和25年から7年間「チャタレイ裁判」:有罪ではあるが性の解放を方向付ける

○民主主義文学
・昭和21年「新日本文学」創刊準備号 宮本百合子「歌声よ,おこれ」
・共産党の「民主主義革命」を担う
・徳永直「妻よねむれ」
・宮本百合子「播州平野」
・中野重治「五勺の酒」
・昭和25年のコミンフォルム批判,朝鮮戦争により革命幻想破られる
・共産党内部の分裂が新日本文学会にも波及
・昭和25年藤森成吉・江馬修ら「人民文学」創刊。政治偏重
・新日本文学会,共産党の対決姿勢強めていく
・昭和40年共産党の意を汲む日本民主主義文学同盟結成,機関誌「民主文学」

○戦後文学
・老大家:永井荷風,志賀直哉,正宗白鳥,谷崎潤一郎
・新日本文学会:プロレタリア文学の再出発
・無頼派:太宰治,坂口安吾,石川淳
・風俗小説:丹羽文雄,舟橋聖一,石坂洋次郎
・第一次戦後派:マルクス主義〜転向・戦場体験
 埴谷雄高,野間宏,梅崎春生,椎名麟三,武田泰淳
・第二次戦後派:文壇に出るのが遅れた者,第一次の共通項を欠いた者
 中村真一郎,大岡昇平,三島由紀夫,安部公房,堀田善衛
・「近代文学」派:戦後文学を批評で支える
 本多秋五,平野謙,山室静。埴谷雄高,荒正人,佐々木甚一
 政治に対する文学の自律性を主張
・本多秋五の指摘
 1 政治と文学の関係についての鋭い意識
 2 実存主義的傾向
 3 日本的リアリズムと私小説の揚棄
 4 視野の拡大
・昭和25年前後,「第三の新人」による政治性の希薄化,私小説の復活
・「内向の世代」でさらに個的に沈潜する傾向

○政治と文学論争
・本多秋五によれば「政治(共産党の)と文学」は戦後文学の第一の特質
・新日本文学会(昭和20年)と「近代文学」派(昭和21年)との論争
・新日本文学会:江口渙・蔵原惟人・中野重治・宮本百合子(かつてプロレタリア文学)
・近代文学:平野謙・本多秋五・荒正人・埴谷雄高・山室静・佐々木甚一・小田切秀雄(青年期マルクス主義)
・昭和21年宮本百合子「歌声よ,おこれ」:プロレタリア文学の継承発展をめざす
・平野謙・本多秋五・荒正人:かつての左翼運動が犠牲を強いた「自我」を救いだそうとした
・荒正人・平野謙の論を中野重治が批判,論争へ
・中野重治:文学者は一元的な立場に立つべき,政治と文学を切り離すような二元論を認めない
・昭和35年安保条約反対運動ののち,佐々木甚一,自派の批評軸の有効性喪失を自認
・昭和38年奥野健男『「政治と文学」理論の破産」
・昭和40年吉本隆明「言語にとって美とはなにか」:政治と文学理論を乗り越えようとする

○文学者の戦争責任
・昭和21年「新日本文学」創刊号に発表
・中野重治執筆
・昭和21年「近代文学」同人による「人間」誌上の座談会で論議
・荒正人:文学者が戦争を阻止できなかったことへの自省
・平野謙:転向に関する自己批判
・新日本文学会による25名の戦争責任者決定:菊池寛・久米正雄など
・新日本文学会は政治的糾弾,「近代文学」派は文学者の内面の問題と捉える
・昭和31年「近代文学」誌上の座談会「戦争責任を語る」:平野謙提起の問題は吉本隆明と武井昭夫によって深まった

○第三の新人
・昭和20年代後半,芥川賞により登場した作家たち
・山本健吉の命名。第一次,第二次戦後派に続く,の意
・昭和30年石原慎太郎「太陽の季節」
・  〃  服部達による論評
・安岡章太郎,吉行淳之介,小島信夫,庄野潤三,小沼丹,曽野綾子,三浦朱門
・特徴 1戦争中に青春期,2私小説への復帰,3朝鮮特需による景気回復時期
・思想性を排して自己に固執
・安岡章太郎「陰気な楽しみ」「悪い仲間」「海辺の光景」
・吉行淳之介「驟雨」
・小島信夫「アメリカン・スクール」「抱擁家族」「別れる理由」
・庄野潤三「プールサイド小景」
・三浦朱門
・遠藤周作「白い人」

○戦後の女流文学
・昭和21年プロレタリア作家の復活
 宮本百合子「播州平野」,平林たい子「かういふ女」,佐多稲子「私の東京地図」,壺井栄「妻の座」
・昭和25年以降,戦前からの作家も活動再開
 宇野千代「おはん」,林芙美子「浮雲」,円地文子「女坂」,幸田文「流れる」
・曽野綾子「遠来の客たち」,有吉佐和子「地唄」:才女時代
・原田康子「挽歌」,三浦綾子「氷点」:マスコミの紹介でベストセラーに
・瀬戸内寂聴「夏の終り」,大原富枝「婉という女」,芝木好子「湯葉」:家制度に苦しむ女たち
・昭和35年〜,新しい広がり
 倉橋由美子「バルタイ」,河野多恵子「幼児狩り」,森茉莉「枯葉の寝床」
・昭和45年〜独自の思想と表現
 金井美恵子「愛の生活」,大庭みな子「三匹の蟹」,三枝和子「鏡のなかの闇」,吉田知子「無明長夜」,山本道子「ベティさんの庭」,津島佑子「狐を孕む」,富岡多恵子「植物祭」,高橋たか子「空の果てまで」

○内向の世代
・昭和45年前後
・小田切秀雄の命名による。否定的見解。
・古井由吉,後藤明生,黒井千次,阿部昭,柏原兵三,小川国夫ら
・社会現実に対して関心を持たず自己の内部にのみ沈潜
・戦争中に少年期を過ごす
・現実そのものではなく人間の意識を描く。外界は不確か,内面は確か
・黒井千次「時間」,古井由吉「杳子」,阿部昭「司令の休暇」,小川国夫「試みの岸」,後藤明生「挟み撃ち」
・秋山駿による肯定的評価
 1 知識人への不信用  2 非現実世界の導入  3 都会的な生  4 「無意味な」人生

○構造主義批評
・世界が,物ではなく関係によって成り立つという認識,要素を全体の構造と結び付けて読み解く
・構造=制度
・レヴィ・ストロースによる西欧文明の相対化
・ソシュール,ヤコブソン,フロイト〜フーコー,ラカン,バルト,アルチュセール
・日本では構造主義=記号論との混用あり
・吉本隆明,奥野健男,前田愛,篠田浩一郎,柄谷行人,大江健三郎,三浦雅士,小森陽一

○大衆文学
・関東大震災後の読者層獲得をめざして成立
・時代小説〜通俗小説
・昭和10年横光利一「純粋小説論」:「純文学にして通俗小説」の理想
・戦後の中間小説誌(オール読物,日本小説,小説新潮):大仏次郎,長谷川伸,川口松太郎
・昭和30年代初めの週刊誌発刊:吉川英治,五味康祐,柴田錬三郎,司馬遼太郎,松本清張
・純文学と大衆文学との区分あいまいに。例 大仏次郎「パリ燃ゆ」(昭和36〜38年)
伊藤整『近代日本人の発想の諸形式 他四篇』(岩波文庫)
→私見:昭和30〜37年に書かれた伊藤整の論文集。根底には近代文学=西洋小説的な社会性・批評性の表現たるべしという見方があるように思われる。具体的には「人間のエゴイズムを意識したフィクション」を「文学」の理想としているのではないか。この見方からは当然日本の近代文学は「逸脱した変種」のように把握されてしまうだろう。かといって筆者が日本の文学作品を否定しているわけではないのだが。個人的にはジャーナリズムそれ自体が作家,作品を拘束・規定するという認識が,今更ではあるがおもしろかった。日本人の発想の二大形式(死,無による認識:上昇型,逃避・破滅:下降型)というのはつまるところ「無」への憧憬によるという主張もおさえておきたい。

近代日本人の発想の諸形

 西ヨーロッパ的小説(ロマン,社会/道徳批判)は日本では育ちがたい。(「破戒」「或る女」「明暗」ぐらい)
 理由 中村光夫=批評的意志の弱さ。その結果風俗小説と自伝小説に分裂した。
     平野謙=私小説は作家の生活を滅ぼし,調和した生活は小説を滅ぼす
 

 一 調和的発想法の推移
 島崎藤村
 明治43年「家」以後の文体=暗示的で強引。論理や実証より面目や人格的圧力が優位な社会構造の反映。これが俗悪化したものが大衆文学や政治家の言葉。

 漱石の周辺
 「理屈」が通る社会の始まり=観念的論理性の具体化
 
 白樺派
 特に志賀直哉の写実的,意志的,明確。ただし友人グループ内限定。
 
 鴎外・漱石
 非論理的関係の中で論理的に自己を通すことの困難さ。晩年には傍観者の立場に退いた。

 永井荷風
 意図的孤立

 結局,鴎外,漱石,志賀直哉,宮本百合子的調和は,日本のものを考える人間の模範となっている。西田幾多郎や内村鑑三や福沢諭吉の系統に連なる。

二 逃避型と破滅型
 孤立,逃避,遁世=仏教的。明治の文士たちは「自由」への逃避という発想。
 破滅=逃避の演技化。自殺的破滅者の多さは日本文学者の特徴。
 例 横光利一=自分を苦しめ,欲望を否定すれば正義が実現されるという発想=日本の道徳家,宗教家
 
三 死または無による認識
 遁走的生活による美の発見。死の意識による生命の把握。
 このような認識による名短編の多さ。

四 上昇型と下降型
 日本人の認識方法の二原型。
 →1 死または無による認識=上昇型  
  例 病者の文学:正岡子規,堀辰雄,北条民雄 調和型の認識者:志賀直哉
    志賀は「死」という無から生の意義を見直す。
    →仏教・老子の思想+近代自然科学的認識(進化論)
    社会秩序に抵抗感を起こさせない調和的人間像。
    ただしこれは限られた特殊な場合にのみ成立(白樺派)。
    社会に入る,他人を意識する際には努力や技術による卓越を志向する孤立的出世意識となる。
    →芸術至上主義
    →マルキシズムの受容
   2 逃避・破滅=下降型

五 芸術至上主義と立身出世思想
 芸または熟練が人間の救いになるという思想 例 幸田露伴
 芸術至上主義はとくに私小説家たちの心棒であった
 川端康成,芥川龍之介にみる「芸術家」の危機
 徳田秋声「仮装人物」,川端康成「雪国」に見る芸術至上主義的発想

六 相対的人間像と並列手法
 相対的人間像=現実の人間関係への恐れ→死,無,神による安定
 例 「明暗」「機械」「浮雲」「藪の中」「お艶殺し」「大菩薩峠」
 「個我の確立」に対する絶望
 例 「こころ」「明暗」「運命」「或る女」「仮装人物」「或る阿呆の一生」「卍」「機械」「裸虫抄」「禽獣」「人間失格」
 人間のグループが日本の小説に描かれるとき多くは並列的。変化をもたらすものは「時間」(非人間的な力)。
 →無常
 例 「源氏物語」「細雪」「かくれんぼ」「一代女」「一代男」


近代日本の作家の生活

 仮名垣魯文:「横浜毎日」への協力=戯作者の新聞参加の端緒。戯作の,新聞小説としての復活。

 漢文の教養の深い旧武士が政治評論を行う。記者化。
 →例 成島柳北 服部撫松 末広鉄腸 矢野龍渓 東海散士

 逍遙・二葉亭の意義:近代的写実,文学方法の自覚。後者は人間のエゴの把握。
 明治30年代までの文体の変化:1 戯作+漢文 2 二葉亭,美妙の口語体(西洋の影響) 3 紅葉,露伴の新聞小説のための文語体(西鶴の影響)
 新聞社員にして小説家:硯友社作家の典型。放蕩。
 明治30年代,「文壇」の形成。紅葉を中心とする硯友社の支配。文体も変化(会話をカギ括弧で表す)。
 日露戦争後,紅葉の死により硯友社の支配崩壊。出版機構の拡大。
 藤村,漱石の活躍:文壇的なものとは別に,外国文学のスタイルに生活感覚をはめ込む。
 自然主義の発想興る:旧来の制度から解放された若い文士たちによる。「家庭との戦い」が今もなお重要なテーマとなる。
 自伝的小説による実在の人々の「見せ物」化。文士=世捨て人という伝統。大正末から生活の演技化進む。
 武者小路の「解放」の文体。
 ジャーナリズムの発達=通俗化,生活の商業化進む。
 
 
 近代日本の作家の創作方法
 
 鍛錬道,修行道としての私小説
 一方,「方法」を持つ作家たちの存在 例 荷風,佐藤春夫,谷崎,芥川,横光
 私小説=生きる方法,芸術至上主義=描く方法,その混在
 私小説も一つの正しい「方法」である。
 良心的=非調和的という考え方 例 葛西善蔵,志賀直哉
 現実暴露,作家=人物という図式は一般には花袋の勇気+ヨーロッパリアリズムの間違った取り入れとされる
 明治30年代以降の泉鏡花=芸術至上主義の萌芽。それ以前には幸田露伴。以後は岡本綺堂,芥川,長与,武者小路へとつながる。
 芸のための犠牲が次第に大きく描かれるようになる→明治二10年頃は進歩思想,明治中期以降は芸術家の拘束,明治末年からはエゴイズムへの罪悪感が濃厚になったことによる。
 平野謙:私小説家の生活は芸術至上主義である。→私小説家=芸術至上主義
 「自由な個人が直接自己を語る」という理想→現実の障壁・秩序→フィクションという方法
 明治末年,ようやく専業作家が生まれる。→徒弟制度からの自由+ジャーナリズムの拘束少なしという過渡期→日本的自然主義,私小説という方法=露伴の理想主義+鏡花の芸人小説
 苦難の中にあることが私小説家の資格。繁栄せる私小説家は真の私を書けなくなる。
 フィクションが最も生命のある形式。
 
 
昭和文学の死滅したものと生きているもの
 昭和前期の混乱=マルクス主義+芸術的感動
 例 小林多喜二 その他「革命騒ぎ」の中で書けなくなった者,芸術派作家で書けなくなった者(新感覚派)
 新興芸術派のエログロナンセンス=滅びの衝動=日本社会の行きづまりの反映
 昭和10年以降は「うまい小説」が追求される。
 修練の場としての「文壇」は生きている


近代日本における「愛」の虚偽
 キリスト教系文化:他人=自己。個人,交際,協力の尊重。神の存在が前提。「愛」の設定。
 東洋:他者は自己ではない。他者への冷酷さを抑制することが最善。日本の知識階級は不可能な愛を信じていない。愛は同情,哀れみ,遠慮,気遣い,慈悲のようなもの。
 *上下の秩序は明確だが他者との論理的関係には役に立たない日本語=我々の思考形式
加藤周一『日本文学史序説 下』より抜粋
 読みがいのある書。「あとがき」によれば,文学史は「文学外の条件」を考慮する必要がある。「日本の土着的世界観が外部からの思想的挑戦に対して」反応したその系列を,文学を通して確かめようとした,とのこと。つまり「外来の体系の「日本化」の過程を分析し,「日本化」の特定方向から,「日本化」を実現した土着世界観の力の方向を見つける」という方法なのだそうだ。
整理すると以下のようになろうか。

a外来の体系→〈b日本〉→c外来の体系の「日本化」   
aがcに変質するところにbの土着世界観が見出せる。

 ただし,ここでまとめた第十章以下においては以上の方法による分析というよりは,作家の出自(生まれた年代,家柄など)という生得的な部分がいかに作家に影響を与えたか,を考察しているように見える。もちろん,自然主義やマルクス主義など外来のイデオロギーについてそれぞれの作家がどう対応したか,を読み取ることはできるが,その対応の仕方は基本的に「どんな時代に,どんな家に生まれたか」によってかなりの部分規定されるものだ,ととりあえず受け取った。この点については今後検討してみたい。
 また,筆者の言う日本人の特質は,
 「今,ここの具体的細部にこだわる」
という風に表現しておく。つまり,基本的に死後の世界など観念論的・形而上的世界ではなく,現実のこの世に即し,全体を俯瞰して論理的に統合するというよりは,ディテイルの美しさに情緒的に磨きをかける,というもの。確かに日本人は長大な観念的哲学を発展させなかったが「源氏物語」のような美的世界を生み出した。自分の美意識を曲げず,細部にこだわるというのは個人的には「子ども」の特質なのではないか,とも思ったりもしたのだが。



第十章 第四の転換期 下

吉田松陰と一八三〇年の世代
 ・一八三〇年前後に生まれたエリートは政治化した。
  維新まで生き延びなかった者
  維新後に生き延びた者:1 政治的指導者,2 高級官僚,3 ジャーナリスト,4 芸術家
 ・吉田松陰の独創性は「開国」と「攘夷」の組み合わせのみ。
 ・詩人としての松陰は下級武士層を維新に動員した。 

福沢諭吉と「西洋化」
 ・1 封建身分制度への反発,2 渡航による学問と教育の西洋化,3 決して役人にならぬ
 ・教育と著作活動 慶應義塾,「西洋事情」,「学問のすすめ」,「明六雑誌」
 ・自伝「福翁自伝」
 ・西洋化の最も現実的な教師 和魂洋才でなく,脱亜 19C欧米中産階級を手本とする
 ・漢文の伝統を持つ日本語散文体,文明批評および理想主義+現実主義,自伝文学の確立

中江兆民と「自由民権」
 ・諭吉と同様,直接知った西洋体験を元にジャーナリストとなる
 ・伝統文化に対して兆民の方が理解あり。
 ・明治政府権力に対しては兆民の方が徹底して反骨。
 ・西洋人の有色人種に対する姿勢に批判的。
 ・農民や被差別民に対する思いあり。
 ・『三酔人経綸問答』『一年有半』を残す。

成島柳北と江戸の郷愁
 ・徳川儒官の三男,幕府への忠誠心あり。渡欧経験もあり。
 ・「柳橋新誌」による時代批判,懐旧の念。荷風「ボク東綺譚」への影響。江戸文化の持続を象徴。
 ・松陰は反幕,柳北は佐幕。政治的関心。
 ・浅薄な西洋化にジャーナリズムの立場で反発。

一八六八年の世代
 ・少年時漢学,その後英語〜大学という過程
 ・五つの類型
  1 伝統主義:鏡花,露伴,紅葉 意図的に社会から離れる
  2 文化的伝統の対象化:岡倉天心,鈴木大拙,柳田国男,正岡子規 伝統の再評価
  3 文化的対立の創造力への転化:鴎外(二足のわらじ),漱石,西田幾多郎 知識人への多大な影響
  4 キリスト教と社会主義:徳富蘆花,北村透谷 北米系プロテスタンティズムによる体制批判
  5 上京組の「自然主義」:花袋,白鳥 社会意識はないが無意識に日本の伝統美学を継承

露伴と鏡花
露伴
 ・初期作品:「風流仏」「五重塔」=職人(芸術家)を主人公とする。仏教的背景。
 ・小説に勝る随筆:「長語」等=徳川時代の随筆の系譜。豊富な文献的知識。
 ・日露戦争後の多作:1 歴史的人物の評伝。「運命」 2 「連環記」 全体から独立した部分への関心 3 芭蕉「七部集」評釈
 ・儒教的倫理〜歴史の全てに超越する仏教的立場。伝統的文化を生きることの可能性。


紅葉
 ・「我楽多文庫」,硯友社。美妙,眉山らの師。「金色夜叉」は徳川時代の町人の価値観をそのまま継承。

鏡花
 ・露伴の武士文化と相対して町人文化の伝統を真に継承し磨き上げた。
 ・作品の魅力は部分にある。文体,男女の好み,背景や小道具,超自然的な題材も一貫していた。

樋口一葉
 ・「たけくらべ」,日記。西洋文学の影響はない。

 →明治維新により旧来の文学は断絶していなかった。

鈴木大拙と柳田国男
鈴木大拙
 ・著作の半分は英語。禅の対象化。
 ・世界に最も深く影響を与えた日本人。
 
西田幾多郎
 ・大拙の親友。禅の影響。
 ・『善の研究』=基礎的概念は「純粋経験」。
 ・論理的=心理的な文体の発明。論法の心理的効果。知識人に多大な影響。

柳田国男
 ・「常民」「漂泊民」
 ・事例は断片的という弱点もある。
 ・詩的な随筆としての文章は民俗学の説得力よりも文学としての価値がある。
 ・指導者に対する「常民」の対象化。
 ・1 日本民族の南方起源説:「海上の道」 2 日本人の死生観:「先祖の話」=仏教以前の考え方

子規と漱石
 ・ともに一八六七年生まれ。親友同士。
子規
 ・俳句や和歌の文芸批評の形式を創る
 ・「歌よみに与ふる書」 反権威
 ・万葉集を手本とする ・
漱石
 ・鬱病・詩人・漢詩
 ・「文学論」 文学概念の精緻な定義
 ・「文芸評論」にて英国文学史研究 極めて広い知識・評価の領域
  日本人は自己の標準で外国文学に対すべき
 ・「吾輩は猫である」「坊っちゃん」
 ・「三四郎」「それから」「門」「行人」「こころ」
 ・「明暗」
 ・外発的な近代化の実質を見抜く
 ・「個人主義」=他人の個性を尊重する限りで自己の個性を発展させる(「私の個人主義」)
 ・後世への多大な影響

鴎外とその時代
 ・西洋文化と徳川文化の対決・総合を最も洗練された形で行った。時代の人格化。
 ・ドイツ留学でヨーロッパと日本を「発見」。
 ・鴎外にとってのヨーロッパは「官僚機構」「実験科学の精神」「ヨーロッパ近代文学」「感覚,感情の解放」。
 ・翻訳の過程で漢文を踏まえた新しい西洋流思考のための文体を創出。
 ・「舞姫」:実生活の妥協を創造に転化するという原則。
 ・ナウマンとの論争。日本の伝統回帰へ。ただし科学技術については西洋化論者だった。
 ・政治に関しては保守的ながら帝政ドイツ流法治主義の徹底を望んでいた。「沈黙の塔」:大逆事件批判。
 ・文学的貢献
  1 翻訳と西洋文学の紹介が与えた影響。「即興詩人」。
  2 小説題材の多彩さ。
  3 叙情詩の影響:鉄幹,晶子や「スバル」,「三田文学」他へ多大な影響
  4 散文の文体を完成。歴史小説。
  5 史伝の独特さ。「歴史其儘」。実現しなかったもう一つの自分。

内村鑑三と安部磯雄
内村鑑三
 ・プロテスタンティズムの受容:主に武士の師弟=封建制打破,権力批判
 ・棄教の多さ,葛藤のなさ:徳富蘆花,木下尚江 例外は正宗白鳥,有島武郎
 ・内村鑑三は宗教的核心において受け入れた数少ない例
 ・「第一高等学校不敬事件」
 ・無教会主義「聖書之研究」,非戦論
 ・「余はいかにしてキリスト信徒となりしか」
 ・正宗白鳥,小山内薫,志賀直哉,安倍能成らへ影響
 ・「羅馬書の研究」:文学的散文の最高傑作
 ・社会主義には参加せず

安部磯雄
 ・同志社〜新島襄の平等主義〜キリスト教社会主義の影響
 ・常にキリスト者であり社会主義者
 ・木下尚江の協力。「新紀元」創刊。
 ・徳富蘆花はキリスト教社会主義者ではなかったが「大逆事件」に反応。のち「居直り」としての棄教。キリスト教と日本的なものの不適合性を直視した。

「自然主義」の小説家たち〈一〉
 ・一八七〇年代,地方生まれの小説家は西洋への入り口としてキリスト教に入り,のち棄教(一部除く)。
  島崎藤村,正宗白鳥,国木田独歩,徳田秋声,岩野泡鳴
 ・逍遙の理論(勧善懲悪を廃し,人情の自然を表現)→「真相」「無技巧」→誰でも小説を書く時代へ
 ・故郷の大家族による束縛,文士としての東京での生活→小説家の主人公は小説家
 ・ゾラの科学性は全くない。「自然」は「あるがまま」の意となり「自然科学」の自然ではない。
 ・例外:島崎藤村「夜明け前」「破戒」 

「自然主義」の小説家たち〈二〉
正宗白鳥
 ・英語・内村・教会=西洋文芸への道。白鳥の場合は「すがる気持ち」でキリスト教へ接近。
 ・白鳥の問題(ここから離れたことはない)
  1 死の恐怖をいかに克服するか
  2 人間の真実とは何か
  3 西洋に対してどういう態度を取るか
 ・「すがる気持ち」=日本の大衆「カミも仏も」の延長線上にキリスト教を位置付け,かつ「虚偽」として退けた。
 ・欧米旅行は「西洋崇拝」,「通り一ぺんの見物」であることを公言。藤村はそうしなかった。
 ・晩年の「お伽噺・日本脱出」

幸徳秋水と河上肇
幸徳秋水
 ・一九一〇年,大逆罪で逮捕,処刑。
 ・中江兆民の弟子,継承者:権力批判,シナ語の教養,キリスト教を媒介せず
 ・日露戦争以前はキリスト教社会主義者と相似。
  1 倫理的立場:「自由・平等・博愛」,社会民主党の創立
  2 合法(議会)主義
  3 平和主義
 ・渡米後,無政府主義に近づく:クロポトキンとの文通
 ・死後,河上肇,蘆花,鴎外,荷風,啄木へ大小の影響。
河上肇
 ・「詩人・志人・道人」志向
 ・「自叙伝」:藤村「新生」,志賀直哉「暗夜行路」,小林多喜二「党生活者」より豊かな内容。
 ・「貧乏物語」:利他主義。マルクス主義者に影響。
 ・「祖国を顧みて」:「志人」の一面。転向批判。
 ・獄中で「科学的真理」と「宗教的真理」の二元論を採る。

有島武郎と永井荷風
 ・維新後,「国家意識」「儒学的教養」を伴わない例外的な知識人として「自然主義作家」と有島,荷風。
 ・父親が明治社会の成功者,エリート。
 ・有島におけるキリスト教,荷風における江戸文人の伝統:「日本独特の国家主義」を相対化。
 ・共に長い西洋での生活経験に影響される:有島の農場解放,荷風の「フランスへの憧れ」。
 ・有島「或る女」「惜しみなく愛は奪ふ」,心中:個人主義を生き抜く
 ・荷風:有島の心中批判「野暮」。「ふらんす物語」「新帰朝者日記」にて浅薄な東京批判。ただし漱石,鴎外のような西洋化の不可避の意識はない。「腕くらべ」「おかめ笹」〜「ボク東綺譚」。戦時下での徹底した個人主義。

一八八五年の世界
 ・一八八五年前後生まれ,日露戦争後に青春を過ごした世代:国家から離れて個人の問題に専念する世代:志賀,谷崎,木下杢太郎,北原白秋:維新もマルクス主義も遠い
 ・権力への反抗もあり:荒畑寒村・大杉栄
 ・石川啄木:一九一〇年前後の時代を最も先鋭に体現。自然主義とは一線を画する社会全体に対する考察
  「時代閉塞の状況」,「一握の砂」,「悲しき玩具」,「我等の一団と彼」
  詩人としては杢太郎や白秋の世界に近く,谷崎の美学も無縁でない。しかし,時代を反映したオリジナリティあり。
  幸徳秋水の「陳弁書」を書写。
 ・この世代でマルクス主義に近づいたものは少ない。(一九〇〇年前後生まれの者に多い:三木清,中野重治,蔵原惟人,小林多喜二)マルクス主義出現時には自己を確立していた。
 ・一九三〇年代後半の軍国主義については消極的抵抗者,積極的同調者,様々である。

谷崎潤一郎と作家たち
 ・三度の結婚
 ・自ら荷風と比較
  1 家産がない  2 反骨・社会批評がない  3 不規律な性生活には賛成しないが芸術第一主義には賛成
 ・海外経験はほぼなし
 ・中産階級社会を背景とした恋愛を描く
 ・浄瑠璃作者の流れ:「粋」ではなく愛と死の崇高化
 ・「陰影礼賛」:海外を知らないことによる誤りあり
 ・作品の登場人物は,基本的に一対の男女と第三者。人物は少なく社会生活から離れ抽象的。
 ・二つの型:男の,女への献身/一対の男女が同居
 ・隔離された,密室内の男女を誰よりも包括的に描き出した。
 ・死の接近は主人公を社会的制約から解放,徹底した快楽主義へ
 ・「細雪」:唯一の例外。戦時中の傑作の一つ。発禁。谷崎にとっての「源氏物語」。現世的なるもの,今此処の感覚,感覚の洗練,日常の細部,季節。古今集以来の日本美学の要約。
 
志賀直哉
 ・谷崎より遙かに狭い世界。
 ・日常の些事を平易,簡潔,明快な文章で描く。
 ・「暗夜行路」:
  唯一の長編。作者に近い主人公。1 出生の秘密 2 妻の不義
  「気分」に生きる主人公。外部に乱されない閉鎖的な一個の人間を提出。
  場面の並列,美的描写,濃密な現在性:「絵巻物」に似る
 ・漱石と異なる個人主義:倫理的意識,社会的関心はない。
 ・日本の土着的世界観と美学の体現:此岸的,超越的価値欠如,細部の観察と美的感受性,部分から出発する表現
 
長塚節
 ・「土」:貧農の世界。自然との親密さ。社会への反抗はない。

中里介山
 ・「大菩薩峠」:下層の人物多数,波瀾万丈。文章は粗雑,通俗的解釈。
 ・机龍之介=徹底した虚無主義者,駒井能登=空想的理想主義者 :二つの配置に特色。
 ・明治以来の政治への閉塞感,米騒動の大衆が読者

野上弥生子
 ・「迷路」:一知識人の内面史。天皇制批判。

木下杢太郎と詩人たち
木下杢太郎
 ・西洋への憧れ(「時代閉塞の状況」からの逃避)+俗謡・浄瑠璃
 ・「食後の唄」
 ・のち叙情詩から離れる。
北原白秋
 ・西洋への憧れ(「時代閉塞の状況」からの逃避)+俗謡・浄瑠璃
 ・「邪宗門」
 ・歌集「桐の花」
 ・叙情詩の世界にとどまる。
 ・明治以降の詩人の中で最も広範な読者を獲得。
斎藤茂吉
 ・子規・左千夫系。「アララギ」創刊。和歌に専念。
 ・歌集「赤光」,「あらたま」
 ・万葉集の語法
 ・職場から性まで包括的に歌う。中野重治によれば「哲学的」。
 ・二万以上の和歌。
 ・「写生」:アララギ派は隆盛するも退屈な些事の記録となる。
 ・歴史的「社会」に対してはほとんど小児。軍国主義に「便乗」したのではなく,小児のように「信じた」。
萩原朔太郎
 ・都会の群衆の中にいることを求める。
 ・「月に吠える」「青猫」:日本の叙情詩の伝統とつながらない。口語で自分を直接語る。
 ・自然主義ではない。何も観察しない。同時代詩人への圧倒的影響(誰もが詩を書きたくなった)。
 ・晩年,「恋愛名歌集」「郷愁の詩人与謝蕪村」
木下杢太郎
 ・アジア全体,文明東漸の歴史全体への関心。
 ・木村荘八と朝鮮旅行。「大同石仏寺」。
 ・ヨーロッパで医学研究。キリスト教への関心。「日本に於ける吉利支丹の運動」。
 ・科学と文学の融合。

一九〇〇年の世代
 ・大正デモクラシーの時代に二十歳前後であった知識人
  1 マルクス主義との対決
  2 西洋文化志向(大正教養主義)
 ・第一次世界大戦による工業化促進
  1 中国大陸への帝国主義的膨張
  2 欧米への協調的政策
 ・大正デモクラシー:帝国憲法の枠組みの中での妥協的民主化。欧米哲学,文学への門戸を開く。芥川の例。
 ・十月革命の影響:マルクス主義の台頭。「見えない」共産党が革命神話を作り出した。鴎外,芥川ら知識人も看過できなかった。太宰治の例。
 ・西洋化した知識人:三木清,林達夫,渡辺一夫。初期の川端,堀口大学(新感覚派)。
 ・西洋志向の教養主義とマルクス主義は対立しなかった。

マルクス主義と文学
 ・1 直接マルクス主義概念を使い包括的に叙述
  2 マルクス主義文学者たちの自己表現
 ・野呂栄太郎「日本資本主義発達史」
 ・小林多喜二「蟹工船」「党生活者」。後者は「私小説」の方法,作者=作中人物。
 ・宮本百合子「伸子」,「二つの庭」。後者はブルジョアの生活を描く。「道標」。
  宮本顕治への手紙「十二年の手紙」
 ・中野重治:詩人がマルクス主義と出会い,社会科学を知った。転向。「村の家」「歌のわかれ」「斎藤茂吉ノオト」。
 ・斎藤茂吉,武者小路はファシズムに無防備だった。中野重治,宮本百合子は抵抗した。
 ・マルクス主義を放棄して国家主義に接近した作家:「日本浪漫派」。保田与重郎,亀井勝一郎。マルクス主義の鬼子。

芥川龍之介とその後
芥川龍之介
 ・二〇年代の文壇における代表者。十年間で群を抜く短編小説の多様性。
 ・社会主義,マルクス主義つまり「階級」を意識。上流階級との違和感。
 ・江戸以来の文人趣味。野性と科学の欠如。
 ・一方,西洋志向型の「大正教養主義」も。西洋での実生活なしに西洋文学を知った。「丸善」が彼を作った。
 ・多数の歴史小説。
 ・芸術家の創作活動にたち入った作品群。
 ・狂気に向かう自己内面の過程を描く作品。

佐藤春夫
 ・芥川の感受性を共有。
菊池寛
 ・芥川の成功を拡大,組織化。
堀辰雄
 ・芥川の定義した文学概念を継承。「風立ちぬ」「菜穂子」。「細雪」とともに軍国主義への文学的抵抗。
横光利一
 ・新感覚派。科学技術への興味。一九三〇年代に一番広く読まれた小説家。
 ・意図は独創的だが手段は貧しかった。
川端康成
 ・少女と焼き物を愛した。「雪国」「伊豆の踊子」「みづうみ」「眠れる美女」
 ・感覚的描写の鋭さ。
 ・「雪国」の駒子だけはモデルがあり,例外的なリアルな女性像。
井伏鱒二
 ・「常民」を扱う。
 ・「多甚古村」「遙拝隊長」。長塚節の「土」よりも知的に客観化されている。
 ・批判精神には至らない。
 ・「ヒューモア」。
 ・「ジョン万次郎漂流記」:外部を知った人間を描く。「黒い雨」へつながる。
大仏次郎
 ・鞍馬天狗による成功。吉川英治「宮本武蔵」で大衆小説の剣客が「精神化」された。
 ・晩年「天皇の世紀」。大スケールの明治維新史。画期的歴史文学。

外国文学研究者と詩人たち
・中国文学研究
 内藤湖南ら京都大学派〜貝塚茂樹,吉川幸次郎
・吉川幸次郎
 「杜甫詩注」「本居宣長」
・西洋文学研究
 渡辺一夫:時代への抵抗。荷風と異なり人との接触を尊重。
・独創的な詩的言語の発明:宮沢賢治,中原中也
・宮沢賢治
 農民と共に生きる。日蓮宗徒。技術者としての専門語。「春と修羅」。
・中原中也
 「山羊の歌」「在りし日の歌」。漢字の視覚効果より聴覚的効果の重視。宮沢賢治の愛読者。

三つの座標
・林達夫,石川淳,小林秀雄:大正教養主義とマルクス主義の中で青春を送り,太平洋戦争時に壮年期を過ごす。一貫して自己の立場に徹底。西洋崇拝はない。
 →平安時代以来の日本文化の構造を反映。
   =内面的直接経験の重視・外来の概念装置を客観的世界への通路とする・権力に対する反語としての芸術・部分の洗練

・林達夫
 徳川時代の文化を知りながら,敢えて西洋志向。
 マルクス主義に理論的に接近するも反共的立場でなくスターリニズム批判。
 軍国主義の宣伝を見破る。

・石川淳
 和漢の古典,徳川時代の文芸に通じる。芥川に似て芥川を抜く。
 マルクス主義へ距離を取りつつ関心。作中に関係者が登場。
 戦時中「マルスの歌」発禁。
 比類無き文章。荷風を抜き,鴎外に迫る。
 考証・伝記に秀作あり。
 超現実主義的短編小説。

・小林秀雄
 西洋志向の教養主義を知的道具とする。対象は西洋に限らない。
 マルクス主義に対し批判的。「様々な意匠」の一つに過ぎないことを看破。
 戦時中戦争批判を直接は行っていない。
 批評を文学作品にした。
加藤周一 他『日本文化のかくれた形」(岩波書店同時代ライブラリー,1991,10,15)
「1 日本社会・文化の基本的特徴」 より

○1 競争的集団主義
○2 現世主義(文化の此岸性)
○3 現在主義
○4 集団内部の調整装置としての象徴の体系

1 競争的集団主義
・「家」と「ムラ」
・「ムラ」の特徴:conformism,少数意見の排除,厳格な上下(垂直)関係(ただし「水平」要素も潜在),競争。
 *個人に責任はない。例「一億総懺悔」

2 現世主義(文化の此岸性)
・死者も生きていたときの集団に所属し続ける。
・独立した彼岸はない。
・仏教の現世利益化,世俗化。
・実用技術,享楽主義,美的装飾主義に通底。
・集団に超越する価値は支配的にならない。天皇制は集団の絶対化。
・ユートピア思想が現れない。
・現実主義。
・全体よりも部分:美術,文学,建築

3 現在主義
・創世と終末がない。
・「明日は明日の風が吹く」
・絵巻物はヨーロッパ中世絵画と対照的,前後を見ない。
・状況は変えるものでなく変わるもの。座頭市的。
・政治では「〜ショック」が多い。その後の反応は早く適切。

4 集団内部の調整装置としての象徴の体系
・極端な形式主義
 複雑な儀式の体系(例えばハンコ,贈答形式)を守れば個人が集団によって安全保障される。
・極端な主観主義,「気持」尊重主義
 何をしようと心が大事。悪気がないこと。以心伝心。
・義理(外在的規則)と人情(内面的感情)=形式主義と恣意的感情論


・集団内でのコミュニケーションは容易だが外(例えば外国)とは困難。鎖国心理。
・国際的孤立の恐怖により強国への「一辺倒」が起きる。
・外国文化を受け入れやすい。
武光誠『日本人なら知っておきたい神道』(河出書房新社,2003,7,5)

・祖霊信仰:亡くなった祖先は神となって守ってくれる
・神道は人間の両親に全幅の信頼を置く
・人間の集団があればいつでも神社を起こせる
・大国主命:地域ごとに,開拓した人をまつる
鈴木貞美『日本人の生命観』(中公新書,2008.12.20)

第一章 民俗の遠い記憶―風土記,記紀,万葉

一 神々の血統
・神話について
 日本の神話は神々の系譜や時系列で展開する。
・天つ神の話
・先住民のコトムケ
 コトムケ=土蜘蛛(狩猟採集民)の平定
 風土記:713年に編まれた。古事記編纂の翌年。
・処女神の懐胎
・渡来神と神々の血統
 スサノオは新羅を気に入らず出雲に来た
・血統を編む
 記紀は各地の神々の血統を一つにまとめようとしている
 アマテラスの子孫=大和朝廷の始祖

二 「生」と「命」
・神話を編む思想
 記紀記述の観念は中国語の文献から借りる
 『易経』:中国世界観のおおもと。「天命」「道」「気」「生」=生生変化の思想
・古代東アジアの生命観
 「造化」「天帝」はヨーロッパの神と違い,世界を動かすものではない
・『古事記』序
 太安万侶『古事記』序は『列子』を踏まえたか
・「生」という漢字
 イザナギ,イザナミは国土,万物の神々を「生む」
・死体化生神話
・いのちの訓述
 「古事記」では命=「生」。「寿」や「命」はほとんど当てない。
・天つ神の死と現人神
 「日本書紀」では神も死ぬ。
 ヤマトタケルは現人神の子。
・「命」という漢字
 もともと定める,決めるという意味。神々,天皇の命ずる言葉が「みこと」。
・殉死の禁と霊のこと
 「日本書紀」には殉死の禁の記事あり。
・仏教の浸透
 日本書紀に仏教の記事あり。
 壬申の乱(672)ののち,日本書紀編纂。日本朝廷の独自性を示そうとした。
 古事記は江戸時代の国学に至るまで秘せられていた
・常世のこと
 ユートピア幻想。
 万葉集には浦島伝説あり。

三 恋は命がけ
・万葉の「命」
 万葉集ではいのち=「命」が多くなる。
 特に相聞歌。
・恋をいのちと
 本来の恋は命がけの恋
・和歌の「命」
 「いのち」:人がそれなくしては生きていけないもの
 枕詞「たまきはる」
・空蝉のこと
 枕詞「うつせみ」も「命」「世」にかかる
 神に対する「現身」:世の無常を嘆く
・人麿の「神ながら」
 柿本人麿の天皇礼賛=「神さながら」
・憶良の養生思想
 山上憶良:大化の改新以後の朝廷の精神をよく示す。
 その生命観:生きとし生けるものは尽きる「身」をもちながら無窮の命を望む
・旅人と家持の無常観
 大伴旅人:儒学・国家鎮護の仏教に親しみながらその知識を歌に用いて遊ぶ。神仙思想。
 大伴家持:仏門への憧れ。無常観。
 
第二章 浄土と恋と土地―中古から中世へ

一 往生と地獄
往生の思想
・平安京建設:新たな世界観の必要
・最澄:806年比叡山に天台宗
・空海:816年高野山に真言宗
・二人は共に末法思想
・源信:985年「往生要集」。易経(容易な修行)=念仏。浄土教系の基礎。

成仏の思想
・最澄「木石仏性」:すべて草木も成仏できる。
・天台宗の法華経:現存在は仮の姿。本来は仏。

即身成仏
・空海〜日蓮
・現世にあって悟りを開く
・ヨーガ:バラモン教〜仏教

『日本霊異記』の「命」
・822年頃の仏教説話
・私度僧(無認可の僧)
・本地垂迹による神道との融合 「神宮寺」
・浄土教の経典「無量寿経」がベース。殺生の戒め。「命」にまつわる説話多し。

地獄の思想
・六道四生:現世の行いで生まれ変わりが異なる
・女性はそのままで成仏できない
・殺生すると地獄へ行く:大乗仏教,とりわけ浄土教系
・「日本霊異記」では地獄のイメージはそれほどかたまってない

命への執着
・「今昔物語集」:「生命」の用例あり。現世の命が大切。

地獄と成仏の芸能
・「一遍上人語録」:地獄のイメージ明確
・能「清経」「敦盛」など修羅物:武士が成仏できないストーリー

『方丈記』
・鴨長明にとって栄達を棄てた自分が安心立命できる境地が仏教の無常観。
・執着を棄てようとしても棄てられない自意識

他力本願
・阿弥陀仏を唱えて極楽浄土に往生:鎌倉時代の法然(他力本願)
・親鸞:絶対他力。浄土真宗の中心に。
・日蓮:法華信仰の再興を志す。法華経。ナンミョウホウレンゲキョウ。

見性
・鎌倉時代,渡来僧を中心に禅宗拡大。臨済宗・栄西。己の本性の凝視。 

草木悉皆成仏
・法華経によれば,人間全て仏性をそなえる。
・なぜ修行が必要か?:曹洞宗・道元の出発点。
・「正法眼蔵」:ひたすら座禅
・悉皆成仏の思想が民衆にいのちの平等感を拡大。

二 恋と罪―王朝文芸の世界

ものみな歌をうたう
・平安前期〜末期,神・儒・仏の併存
・漢詩は白楽天の強い影響
・菅原道真:漢詩文の日本化。和漢融合。
・紀貫之「古今和歌集」仮名序:生きとし生けるものはみな歌を詠む
・古今には火葬への疑問など見える

色好み
・10世紀後半は藤原氏の隆盛。摂関政治は女性の地位を高めた。男女間の駆け引きで遊ぶ気風。
・在原業平「色好み」の理想

死後に残る妄執
・「源氏物語」:六条御息所の呪い。愛欲の妄執。

異土への転生
・11世紀中期・菅原孝標女「更級日記」。「浜松中納言物語」の作者でもあるか?
 夢告の重視。

身にしむさびしさ
・後鳥羽院・藤原定家「新古今和歌集」では仏の教えを歌にする「釈教歌」の部立あり。仏教の浸透。
・はかなさ・寂び果てた状況の評価

三 一所懸命
武士の生き方
・鎌倉時代以降,守護・地頭の自立的農村経営。その姿勢:「一所懸命」
・受領地をいのちにかけて生活の頼みとする。

死ぬこととみつけたり
・「葉隠」(1717頃):戦国武士の気風が喪われ官僚化したことを嘆く。
・死ぬ覚悟があって武道に自由になれる。
・禁書とされた

武士道と士道
・「甲陽軍鑑」
・朱子学の流れで「士道」が語られる
・大道寺友山「武道初心集」(1725頃):「武士道」は武士の生き方一般を意味するに過ぎない
・斉藤拙堂「士道要論」(1837):戦国武士の生き方を否定

キリシタンの教え
・室町期,バテレンによるキリスト教布教
・東洋に世界外の絶対者が世界を作ったという考え方はなかった
・日本でのキリシタン殉教者は浄土系の教えが下地を作ったのではないか

第三章 いのちの自由と平等―近世の多様な生命観
一 儒学のさまざま

さまざまな神・儒・仏の競合
・徳川幕府による神・儒・仏の併存
・現世主義・現世利益追求の傾向
・日本の朱子学では「忠・孝」を優先

宋学と朱子学
・中国において仏教への対抗として儒学の再編成
・五行
・朱熹:「性即理」。性善説による心学で自己陶冶。
・明・清時代の官学となる

陽明学
・王陽明に対する朱子学批判。「心即理」。「知行合一」

陽明学左派など
・明末,民衆の欲望解放に向かう新思潮。李卓悟。
・清末,「実事求是」として漢代の訓コ学に帰る

朱子学と陽明学の併存
・林羅山は陽明学を排斥するも,完全には廃れなかった
・中江藤樹は陽明学への共鳴
・山鹿素行:日常から離れた朱子学を棄て,古学の立場。欲望肯定。

天の「気」を断つ
・荻生徂徠:朱子学批判。古文辞学。医学への貢献も。

二 町人の自由・平等

自由闊達と「もののあはれ」
・元禄期の「もののあはれ」は世に隠れた色恋の結果の心中立て流行につながった。
・西鶴の好色もの・近松など

はかなさと滑稽さ
・松尾芭蕉の俳句:どこか自嘲・滑稽さを示す

生活本位
・伊藤仁斎:朱子学から陽明学に映る。孔子・孟子の思想を踏まえ,「古義学」へ。
・文献学の最終的解釈は自身の力による
・「仁説」:現世主義。「生」本位。

気の拡散
・貝原益軒:儒者・医者。「養生訓」。なんでも「気」で説く。

元気という語
・元は活力のおおもと,の意。「活力」の意は日本ならでは。

庚申待ち
・かのえさるの日は眠らない,と言う風習

商人には商人の道
・石田梅岩「都鄙問答」(1739):陽明学や天道思想による
・天道思想:江戸時代中期に広まる
・諸派の違いは見方の違い,根本は同じという考え
・石門心学は各藩に保護奨励された

三 国学の展開と幕末の思想

「和」の独自性
・「艶道通鑑」(1713):男女神話に「和」を見る
・儒仏糾弾

物の哀れを知る説
・本居宣長:日本の物語は情にかなうことを本意とする。特に源氏物語「柏木」。
・死後の世界は分からない
・日本の神の絶対化
・「古事記」重視。国学。

怪異譚の裏側
・上田秋成「雨月物語」:仏教批判。

幽冥界への関心
・平田篤胤:庶民感情に立脚,死後の世界(幽冥界)こそ本来の住処,現世の徳で死後の救済
・宣長と異なり死後にこだわる。仏教の死生観への対抗か。
・幕末には平田国学が神道の主流となる

進化論受容へ
・山片バントウ:無神論。地動説。進化論。

朱子学,陽明学の復興
・寛政異学の禁(1790):朱子学以外の学問禁止
・しかし幕末には陽明学復活:佐藤一斎
・「立志」の語が流行:王陽明の著作から取られた

第四章 天賦人権論と進化論受容―生命観の近代化

一 天賦人権論

生命観の近代化
・創造説〜自由平等の思想〜伝統的天道思想との融合〜天賦人権論
・欧米に比して進化論受容は早かった

「生命」の繁殖力
・明治以降盛んに「生命」の語現れる
・中村正直:スマイルズの翻訳「西国立志伝」 天=God 生命=life スペンサー流の考え方
・内村鑑三「国家の生命」という表現

天は人の上に…
・福沢諭吉「学問のすすめ」

徴兵令
・1872年徴兵告論

二 進化論受容

進化論の季節
・加藤弘之(明六社):天賦人権論からダーウィン,スペンサーの進化論へ 「人権新説」
・明治20年頃は進化論流行

擬人法について
・動物に近接し,アニミズムの伝統ある日本では擬人法がなじみやすく,進化論への抵抗もなかった

日本における特徴
・「適者生存」は本来個体レベルの説だったが,日本では国家間,民族間に適用される傾向があった。

国家生命体論
・国家の擬人化:国民=細胞,団体・機関=器官
・美濃部達吉の天皇機関説もその一つ

家族国家論
・加藤弘之「忠君愛国」
・利己に徹すれば愛他精神が発揮される
・ドイツの生物学者ヘッケルの影響か

民族の生命
・イギリスのベンジャミン・キッド:社会主義・個人主義批判,プロテスタンティズムによる愛他精神涵養を説く。
・外山正一のキッド批判

血統国家論
・穂積八束の主張:日本民族が一つの血縁集団
・次第に教育界に浸透

自然の躍動
・島崎藤村:進化論を自然科学として受容。「天地の呼応」

三 修養の季節

霊か肉か
・高山樗牛:「性欲」(本能的欲望)の肯定
・「肉欲」「獣性」をめぐる論議興る

青年の煩悶
・藤村操の「哲学的自殺」
・自然主義の現実暴露は青年を悩ませた

修養ブーム
・徳富蘇峰:キリスト教の立場からの「修養」
・心身を健全に保つのが目的

武士道
・日露戦争勝利に伴う「武士道」賞賛
・儒者は否定していたが「葉隠」も読まれるようになる
・新渡戸稲造「武士道」:民族国家観の主張は異色
・ 〃    「修養」:国家に役立つ人材の育成へと拡大

則天去私
・夏目漱石:生の自由か道義か,利己か愛他か…という修養のレッスン
・「こころ」:自らを倫理的に裁き,死を選べる主体を提出
・「道義上の個人主義」
・「私」は「私利私欲」であった

安心立命
・森鴎外「妄想」の中に「安心立命」:孟子ないしは王陽明の思想の影響か

養生思想の近代版
・幸田露伴:「努力論」は修養書としてベストセラーに
・「気ばたらき」
・道教と生物学,物理学を組み合わせたエコロジー論

エコロジー思想
・ドイツのヘッケルの影響

自然志向
・日清・日露戦争後の自然志向
・「田園都市」の流行

衛生思想と日本論の転換
・自然志向と共に日本伝統の見直し
・東洋と西洋の調和,日本の役割を論ずる傾向

第五章 宇宙大生命―大正生命主義とその展開

一 生命力の解放
エネルギー還元主義
・ヨーロッパ:汎神論から経験主義・実証主義へ
・エネルギー還元主義:宇宙のエネルギーの総量は一定

二十世紀の生命主義
・「宇宙の生命エネルギー」が世界の原理として浮上
・芸術家が,芸術は「生命」の表現と考えるようになる

自然の生命から宇宙の生命へ
・北村透谷「内部生命論」
・徳富蘆花,国木田独歩:風景の変化に「生命」を感じる。「情景」(実景+実感)の定着

生命主義の美学
・岡倉天心:道教の「気」を「宇宙の生命」に置き換えた
・日本独自の生命主義美学の誕生

生命へ行く道
・武者小路実篤:本能肯定により煩悶脱出

自然主義から象徴主義へ
・イプセン,ハウプトマン,ユイマンスら自然主義作家が象徴主義に転じた:「自然主義以降」
・岩野泡鳴「神秘的半獣主義」を木下尚江が評価
・メーテルリンク,ベルクソンら「生命中心の思想」としてもてはやされる

刹那の燃焼
・岩野泡鳴:「自然的表象主義」「刹那主義」

女性解放の思想
・平塚らいてう,伊藤野枝:野性的生命力の肯定

相互扶助の思想
・大杉栄:ベルクソン,クロポトキンの影響。生の充実・燃焼
・相互扶助

自由恋愛の思想
・厨川白村「近代の恋愛観」
・芥川龍之介「河童」による生命中心思想の揶揄

二 宇宙大生命
『善の研究』
・西田幾多郎『善の研究』:大正生命主義の基礎。ヒューマニズム。神との一体化,悟り=「真生命」

『ニイチェ研究』
・和辻哲郎『ニイチェ研究』:「宇宙生命」の「暗示的象徴的」表現=芸術
・ジェイムズ,ベルクソン,岩野泡鳴,西田幾多郎の哲学をニーチェに投影したもの。

日本文化論へ
・芭蕉はじめ日本人の根底に,いっさいの観念や概念にとらわれない姿を見る。
・和辻哲郎「風土」「続日本精神史研究」

三 生命の表現
エロスの叛乱
・日露戦争後の倦怠:吉井勇「酒ほがひ」,木下杢太郎「春朝」
・北原白秋,谷崎潤一郎らに影響

いのちの歌人
・斎藤茂吉:子規の「写生」=「伝神写心」(象徴)
・高浜虚子がよく「写生」の語を用いた。

生命の表現
・北原白秋の童謡運動:文部省唱歌への対抗
・柳宗悦の民芸運動
・佐藤春夫の芭蕉再評価
・志賀直哉「城の崎にて」:心境小説が日本独自の私小説として称されるようになる
・萩原朔太郎:芭蕉・新古今の象徴主義芸術としての評価

生命主義の社会的本質
・賀川豊彦「死線を越えて」
・足尾銅山事件:生命を脅かす近代資本,と言う認識
・第一次世界大戦:新しい宗教(国柱会,大本教,天理教)を促した

生命主義という呼び名
・田辺元が初めて用いる(1922)
・文化主義の地盤として

生の息吹の終焉
・関東大震災による大正デモクラシー終息

四 民族の生命
・関東大震災後の新聞,ラジオ,書籍などメディア変貌
・新中間層形成
・サンガーの優生思想:少子化招く

エロ・グロとナンセンス
・江戸川乱歩の作中人物「退屈」
・チャップリン,バスター・キートン流行
・江戸川乱歩の猟奇的作品群「芋虫」「盲獣」:削除処分

マルクス主義の台頭
・昭和初年代,「プロレタリア文化運動」
・「生命」礼賛は下火に。

生命観の万華鏡
・宮澤賢治:博物学と仏教思想
・生物のいさかい。アニミズム的転生観も。
・全体のための自己犠牲

永遠の生命
・川端康成・横光利一:「主客一如主義」
・川端「抒情歌」:魂の永遠を求める。ヒューマニズム批判も。

歴史の転換点
・1929,世界恐慌
・五・一五事件に関与した橘孝三郎:アジア主義農本革命。タゴールの影響。

神ながらの道
・皇道派の「昭和維新」の企て:理論的支柱は筧克彦「皇国精神講話」
・「宇宙大生命」
・古神道を民族宗教とする。大正生命主義の神道版。

『大義』
・1937年,中国で戦死した杉本五郎中佐の遺書『大義』
・ファナティックな天皇崇拝思想
・皇国少年を育てた

散華の思想
・1934年,釈迦生誕二千五百年
・倉田百三:「民族の覚醒」。天皇制下の農本主義革命を訴えた
・「日本主義文化宣言」:「散華」の意味変容

国民優生法
・厚生省による「優生学」:少数民族や弱者を帝国の一員とする
・「健民運動」

歴史的生命
・『神社本義』
・西田幾多郎「日本文化の問題」:皇室の独自性を説く

近代の超克
・「中央公論」における座談会
・大東亜戦争は「近代の超克」,「聖戦」。
・「八紘一宇」

滅私奉公
・西谷啓治の論
・田辺元,橋田邦彦らも。

第六章 いのちの尊厳とは?―戦後の生命観
一 死の季節をくぐりぬけて

ゼロからの出発
・武田泰淳「蝮のすゑ」
・坂口安吾「堕落論」
・太宰治「ヴィヨンの妻」
・梅崎春生「桜島」「日の果て」「蜆」

マイナスからの出発
・戦中派の再出発
・天皇の「人間宣言」
・マッカーサーによる「近代化の再出発」

戦時下の裏返し
・戦前思想への反動
・科学への崇拝

生命への畏敬
・シュワイツアーの思想
・現世主義・合理主義への危機感

さまざまな旅立ち
・金子光晴「人間の悲劇」
・福永武彦「風土」

戦後の大正生命主義
・吉野弘「彼岸」
・瀬沼茂樹:白樺派に「生命の思想」を見る
・船山信一「大正哲学史研究」で1910年代のベルクソン哲学流行に注目

二 生命主義,ふたたび

高度経済成長
・1960年安保闘争:戦後民主主義の頂点
・マイホーム主義:1910年代に広がり始めた・戦後再び盛り上がる
・私的所有の平均化により民主主義闘争後退

伝統は創造される
・岡本太郎:「生命」がキーワード
・バタイユの影響も。
・「日本の伝統」は作られたもの。「わび・さび」「幽玄」への対抗

真の民族の伝統
・「私の現代芸術」:あらゆる形式がいくつもの層になって積み重なっているのが日本文化
・「里山」は四手井綱英が1968年に名付けた概念。それまではなかった。

大正生命主義―復活と反省
・石川淳「荒魂」:東北の出稼ぎ労働者を描く。性と権力に向かうエネルギー。
・高見順「いやな感じ」:生命の燃焼から自己破壊へ

被曝日記
・井伏鱒二「黒い雨」:「大きな生命」の観念

汚染の海
・石牟礼道子「苦海浄土―わが水俣病」:仏教+自然への信頼(母性原理主義)

近代の総体を撃つ
・パリの五月革命,中国の文化大革命,日本の安保闘争,いずれも終息。

宇宙の生命樹
・三島由紀夫「文化防衛論」「豊饒の海」
・大江健三郎,三島割腹に反応:「セブンティーン」 
・その後「新しい人よ眼ざめよ」「同時代ゲーム」で内奥の現人神の記憶を生命の源へと昇華させた

分子生物学からの提起に対して
・野間宏:サルトルの「全体小説」を受け,問題提起
・モノーの影響:分子生物学。キリスト教に見られる法則崇拝癖を批判。
・野間はモノーを批判。議論かみ合わず。その後「泥海」「青粉秘書」

大きな生命の物語
・大庭みな子「舞へ舞へ蝸牛」「浦島草」「王女の涙」
・1980年代,生命観・生命中心主義のテーマ増える
・中上健次「奇蹟」

過労死
・古井由吉「野川」

癒し
・村上春樹「風の歌を聴け」「ねじまき鳥クロニクル」:若者の心の傷
・コミュニケーション不全の現象

三 問われる生命観

生命倫理
・脳死問題,臓器移植

遺伝子説
・「遺伝子」「進化」の乱用

多様性
・「生物の多様性」尊重は「現状維持」の考え方。新種を嫌う。
・人為で自然を作るという矛盾

サイバネティクス
・人間を機械にたとえる
・デカルトが祖とされる
・人間=コンピュータ:ノーバート・ウィーナー
・人間=情報:生物に似た自働機械のような組織

サイバーパンク
・手塚治虫「火の鳥」,宮崎駿「風の谷のナウシカ」
・押井守:サイバーパンク
・生命感の希薄さにリアリティ:庄野潤三「プールサイド小景」,吉行淳之介「鳥獣虫魚」

生命感の希薄さ
・「生きている実感をもてない」日本社会

人間が生きる自由
・「自然から離れる自由」を自ら処理できなくなってきた
多田道太郎『身辺の日本文化』(講談社学術文庫,昭和63,7,10)

一 身辺の日本文化
1 箸は高級な道具
・文化の片貿易:日本の言葉の貿易は輸入が60万語,輸出が5万語
・ヨーロッパ人と食器:ヨーロッパ人はフォーク,ナイフを神聖視
・箸の文化圏:日本だけが箸一本槍できた
・割り箸はなぜ折るのか:魂がそこに残ってはいけないから
2 神秘性を持った食器
・黙読の習慣:明治までは朗読がふつう
・家父長権を象徴するナイフ:ヨーロッパでは家父長だけが手にできた
・自分だけに属する箸と茶碗:茶碗への個人の執着
・なぜ茶碗を割るのか:別れの時茶碗を割るのは魂が残ってはいけないから
3 生活のなかの美学と宗教心
・宗教が決めた美的感覚:宗教は美学
・玄関の持つ奥ゆかしさ:玄は暗く,遠く,かすかに,の意
・こそあどの原理:佐久間鼎の論。「あーれー」「どーれ」
4 春夏秋冬と日本人の秩序感覚
・文化的に決められた四つの原色:青,赤,白,黒。中国から。
・原色の持つ秩序と暗示:方角,季節をあらわす
・春夏秋冬プラス「梅雨」と「野分」:青春,朱夏,白秋
5 日本と欧米の座の違い
・台所の神と対話できる主婦:女性の台所への特別な感情
・見立てとけじめ:「おやしろ」「やしろ」。想像力豊かな日本人
・畳の文化と座る文化:座る順番,座る椅子による序列
・前からのサービス,後ろからのサービス:日本,西洋のサービス
6 クッション型のコミュニケーション
・媒体によって成立するコミュニケーション:子供,凧
・赤ちゃんをクッションにした家族の呼び名:家庭内の呼び名の基準は赤ちゃん
・媒体は無心で汚れのないこと:赤ちゃんは汚れがない

二 日本人の美意識(1) 日常生活のなかのつながりとけじめ
1 日本人論はなぜはやるのか
・自分とは何か:自分への不安
・矛盾のなかに経たされている不安:演繹に不慣れな日本人
・「がんばる」という言葉:もともと「我を張る」こと。大正時代から流行?

2 ふえてきた見せかけの文化
3 結界と気持のけじめ
・心理的結界によるけじめ
・見立て文化による。
・和歌の掛詞によるつながりの意識
・対立葛藤でなく、近いところからどことへなくつながっていく

4 「間」に秘められた可能性
・空間は実体の否定ではなく,可能性を有する。

5 「気」と日本文化
・中井正一『気の研究』
・「〜じゃないが」は,いろいろな気の中から良い気を選択していることを示す。

三 日本人の美意識(2) 日常生活にみる神の依代
1 肌による予感の美学
・風呂好きにならないといけない文化
・漂う気を敏感に汲み取らなければならない

※ここまできて以下は簡潔に。あまりに現象の羅列にすぎ,抽象が少ない書である。

・日本人の「循環する自然」への信頼
・庭=シマ,松を好むのも海洋への原始信仰の名残
・全体を見渡す力の欠如
・結界の先はホーリープレイス。鳥居・のれん
・中国の模倣で赤く塗られた鳥居
栗田勇『日本文化のキーワード―七つのやまと言葉』(祥伝社新書,2010,4,10)

一 〈ありがとう〉ということ
日本語が乱れているというのは本当か
・ひねった言葉,隠語は正しい言葉を知っているから。

言葉の機能化が進む時代
・「ありがとう」の道具化,マニュアル化
・言葉は意味を運ぶだけのものではない

自分本来の「声」とは何か
・本音の言葉がその場では一番正確。方言の再評価。
・「ありがとう」には言葉と肉体が一体になった境地が求められている。

「言霊」ということ
・アニミズムと通ずる「言霊」

音声になる以前の全身的な言語
・音声になるのはごく一部

「やまと言葉」に秘められた日本人の心
・「ありがとう」はその代表

ひら仮名の誕生と日本語
・カタ仮名は「よそ者」の標識
・平仮名は日本独自の表音文字

お遍路さんの「ありがとう」にこめられた思い
・人間を越えたものに共同でコミットして一体化するとき「ありがとう」

「ありがとう」の本来の意味とは
・「この世にないほど素晴らしい」
・神仏・自然への畏敬

「かたじけない」から「ありがとう」へ
・もともとは「かたじけなし」が対人感謝の言葉

江戸文化の洗練された照れかくし
・「有り難山の鳶烏」「有り難いか鮃か」

的中した柳田国男の予言
・「どうもありがとう」が「どうも」へ

「阿留辺畿夜宇和」の境地
・明恵上人の主張:いまの勤め,自分の本心が大事。

二 〈遊び〉ということ
はたして日本人は遊び下手か
・「神遊」:古代から伝わる宗教儀礼が端緒:ホイジンガー「ホモ・ルーデンス」

「遊戯三昧」という境地
・一遍上人の「遊行」:「旅」の意味。西行,芭蕉に連なる
・目的でない旅。自身を裸にする過程。

「遊び」が持つそもそもの意味
・自分を捨てる,自分を抜け出す

いわく言い難い日本人の心の動き
・「〜あそばせ」:自分の意志と好みによる行動
・言い難いものを残す習性

「筆のすさび」とは何か
・「あそび」が日常性を突き破ると「すさび」に。「風流」「風狂」。

「遊び」にこめられた日本人の二面性
・行動することと,何もしないこと:現実の二重性。「仮」:目に見える現象。「空」:見えない実相

手鞠つく良寛の胸のうち
・「永遠の今」と,それが続かないという諦観と。

三 〈匂い〉ということ

日本人と匂い
・源氏物語では,薫と匂いは光と同一視されていた

日本刀における「匂い」とは
・刃のほんのりした文様:「匂い」

「匂い」という言葉の意味の移り変わり
・美しく映える,はなやかなこと,香り
・匂いは単に嗅覚的なものではない。人格そのものの表現。

西洋との深い文化的相違
・日本での匂いは個人レベルではない,宗教的神秘的世界との交歓
・西洋では限定された,明確な嗅覚刺激

天然宇宙の生命の気配
・匂いは「間」と重なる。「間」は天然宇宙が顔を見せる時空
・宇宙の生命の気配が「匂い」
・「幽玄」との関連

四 〈間〉ということ

「間」とは何か
・実体がないのに大事なもの

「間」についての世阿弥の考え
・間を抜くことで間を創る

なぜ,日本では弓を使う楽器が定着しなかったのか
・断続による緊張がないから

ジョン・ケージの新しい実験
・呼吸,生命は断絶し,高まるリズム
・ケージによれば,音の鳴らないところに真の宇宙の音楽が鳴り響く

日本画に見る「余白」の意味
・余白=間=余情
・間に人間を越えたものを希求

「座敷」という空間の不思議
・座敷には元々何もない。
・幔幕の魔法:たちまち高貴な人の場所となる

西洋人は,なぜ「空間」を恐れるのか
・神=有,人間の行けないところは怖い

歳時記は,どこから生まれたか
・各種の年中行事=めりはりの「間」をつくるため

五 〈道〉ということ

みちのくの"もみじ"に見るダイナミズム
・紅葉の持つ動的生命力

最澄,空海と,みちのくとのかかわり
・最澄・空海は仏教を日本人のものにした
・最澄の後継者には東北出身者が多い
・東北で布教した徳一と,最澄・空海の接点

なぜ一遍上人は,みちのくを遊行したのか
・祖父の墓に参るためか

捨ててこそ
・一遍上人の旅はプロセスそのものが目的
・全てを捨てることが重要

では「道」とは何か
・日本の「道」は即物的,生活的
・今の現実とは別の現実にどう関わるか=遊び

時々刻々プロセスに熱中する
・激しく自由に熱中することが「遊び」
・突き詰めれば「仏道」「神道」

復活する書の「道」
草野心平氏と白井セイ一氏の書
なぜ,良寛は書を書いたのか
・書を書くことは意味の伝達ではなく,言語の世界全体を体験すること
・純粋な生の時間を生きること。職業にはならなかった

芸事が,なぜ日本では書になったか
・「道」は過程,プロセス。

巡礼の旅が意味するもの
・智・情・意が一個の身体性となり充実すること

西欧の自然と,日本の自然(じねん)
・「しぜん」は西周の翻訳語。
・本来の「じねん」は「ありのまま」の意。

六 〈わび,さび〉ということ
日本文化に見る「引き算の美学」
・庭園の例:西欧と対照的

日本人の心情が型となった室町時代
・能,狂言,茶の湯,生け花,連歌
・もののあはれ:自然のエネルギーを借りて自然と一体化

日本の文化は,はたして静的か
・佐々木道誉:室町芸術の大プロデューサー

エネルギーが爆発した「田楽踊り」
・日本文化の二面性:静と動=自然の創造と破壊
・古代ギリシャのアポロンとデュオニュオスに対応
・古代インドのヒンドゥ,シヴァ
・田楽踊り
・「今様」

風流に秘められた深い意味
・「風流踊り」の激しさ
・一休禅師「狂雲集」:風流・風狂の詩集
・「愚」:優柔不断,不勉強 「狂」:熱心,ファナティック

茶の湯の精神が行き着くところ
・利休とその弟子,山上宗二,古田織部:天寿を全うしない
・茶の湯の精神に備わる過激さ

バサラ大名・佐々木道誉の大花見
・バサラ:自由奔放・突出していること
・桜の木を切らずに生け花とする

楠木正儀との化かし合い
・邸宅をそのままにしてやりとりする

「バサラ」の精神とは何か
・破壊から新しい自己表現の様式を創造

「バサラ」から「わび,さび」へ
・西行による「さび」の再発見:ポジティブな天然宇宙の生命の原型

日本人が拠って立つものとは何か
西行法師の大きな功績
・和歌を詠むことは悟りを得ること。仏道と同じ。
・俊成・定家が後継
・道教の「幽玄」ということばを対応させた

「枯れかじけて寒かれ」
・連歌・茶の湯の極意
・わび,さびには極度に集中された生命力が内包されている

七 〈あわれ〉ということ
「あわれ」と「あっぱれ」
・「あっぱれ」は公式の場での感動

「あわれ」にこめられた二つの意味
・個人のコントロールをはみ出した感動
・1 賛嘆・喜びなどの感情 2 哀惜や悲しみ
・自他の区別,自然と人間との区別をはっきりさせない状態での感動

古代人の呵々大笑
・大笑いする場面でも「あはれ」

『枕草子』と『源氏物語』
・平安時代では詠嘆,悲哀の意味が強まる

身体と言語の一体感について
・自然を越えた絶対的,宗教的対象を前にしたときの声が発せられる寸前の感動
・なぜこれが口をついて出てくるのか

「もの」と「こと」の違いとは
・もの:運命的,宿命的,非物質的なもの
・こと:言葉,事柄

「ものがたり」と「ことわざ」
・ものがたり:出来事の背景にある流れ,宿命,事情
・ことわざ:目に見える現象
・もの:原理,法則,不変性
・こと:物質性,現象性,一回性,非原則

「もののあはれ」と「色好み」とをむすぶもの
・もののあはれ:目に見えない背景への感動=男女関係,自然と人間との関係

「山桜花」にこめた本居宣長の真意
・本居の言う「大和心」「大和魂」

「もののあわれ」と「大和魂」
・本居:「もののあはれ」とは大和魂のこと

中国と一線を画す,日本人の心とは
・漢文読み下しでは中国のイデオロギーから脱せない
・本居の中国批判:道教を失ったから「道」をいう
・日本独自の,言葉以前の道理:もののあはれ

では,「もののあはれ」とは
・「石上私叔言」=「草木悉皆皆成仏」

日本人の現実主義
・現実追従,便宜主義,生活的な日本人の生き方,発想
・西欧では,言葉にならないことは神の領分。
・日本では,論理的に分析できないところに悟りを見る

面授,口伝にみる東洋的伝達方法
・禅:不立文字・以心伝心=共通体験
・面授:技術ではなく境地を同じく体験

自然のルールの共通体験
・あらゆる人智をつくした分析,教養の積み重ねを洗い出したところに残る「あはれ」
・万物の根元的な生命に触れて,それを共通体験として生きる=あはれ
木村一信『もうひとつの文学史」(Z会ペブル選書,1996,11,1)
→私見:たまたま手元にあったため読んでみた。入門者向け。第一部・第二部は作家と戦争の関わり,第三部・第四部は時代を映す鏡としての作品群を紹介。作中人物=作家,という古典的なスタンスに立つ。

序 戦争という視点をめぐって
 ○文学者の戦争
 文学者の戦争肯定については,それを非難する前にすべての文学的営為を検証することが必要。敗戦後,文学者は自らの戦時下の活動をどのように受けとめたのか。
 
 ○火野葦平の場合
 火野は戦後戦争責任を問われたが,文学を通して「自己凝視と自己批判」の困難な道を選んだ。
 
 ○本書の意図
 大衆文学,アジア太平洋戦争下の文学の可能性。1930年前後からの文学について考える。

第一部
第一章 戦時下を生きる
 ○高見順
 ・高見順と『私生児』
 昭和十年,自らの生い立ちを示唆する作品「私生児」発表。
 ・宿命・才能・疾風怒濤
 私生児という事実にこだわり,苦悶。左翼活動など。
 ・検挙・離婚・作家活動
 昭和8年頃からの社会主義弾圧〜文芸復興と軌を一にする。逮捕,拷問,転向。昭和9年「世相」,10年「故旧忘れ得べき」。ゲロを吐く文章。
 ・浅草・『如何なる星の下に』
 伊藤整による激賞。下町憧憬?昭和16年南洋行。
 
 ○歴史小説の時代
 ・状況が生じせしめた〈歴史小説〉とは?
  昭和十年代中期に流行,定着。鴎外の「渋江抽斎」(史伝)のややこしさ。
 ・芥川賞の辞退
  高木卓。「歌と門の盾」。歴史小説の盛行。
 ・現実からの逃避
  平野謙によれば,昭和十年代は戦争の時代,現実逃避の結果歴史小説が隆盛した。
 
第二章 芸術的抵抗派
 ○中島敦
 ・変身譚「山月記」
 ・運命への恐れと性情
  「欠けるところ」は本文中には見出せない。
 ・自己否定と南洋行
  遺書としての「山月記」,再生のための南洋行
 ・もう一つの傑作「李陵」

第二部 戦争が体験として残したもの
第一章 戦争体験と徴用作家たち
 ○阿部知二
 ・阿部知二という作家
  小林多喜二虐殺〜「文芸復興」(昭和8〜12)
  「冬の宿」:当時の青年の象徴
 ・南方への徴用作家
  阿部:昭和16年徴用。その他武田麟太郎,井伏鱒二の例。
 ・良心の苦しみ
  戦後「死の花」に見える良心の呵責
 
 ○混乱と活気の時代
 ・戦争,終わる
  作家たちの日記
 ・敗戦後の混乱と活気
  田村泰次郎「肉体の門」,石川淳「焼け跡のイエス」
 ・戦争と文学 
  作者の意図に関わらず「戦意高揚」とされたり,「反戦文学」とされたりする。
 
 ○梅崎春生
 ・「桜島」
  「美しく死ぬ」願い,一蹴される
 ・「滅亡の美しさ」と「熾んな自然」
  桜島:生命力の象徴
 ・「末期の眼」・「野火」
  芥川の言う「末期の眼」で書かれた「桜島」,「野火」
 
 ○武田泰淳
 ・生き恥さらした男
  「司馬遷−史記の世界」により自身の生き恥をさらす
 ・「見ていけないもの」
  「もの喰う女」
 ・戦場での殺人の責任は?
  「審判」
 ・「ひかりごけ」の問いかけ
  昭和29年。人肉食
 
 第二章 無頼派
 ○無頼派の面々−太宰治
 ・〈無頼派〉とは
  太宰の「パンドラの匣」が出典か。新戯作派。サービス精神。
 ・太宰治の世界
  「パンドラの匣」,「苦悩の年鑑」 相馬正一によれば「都会の文化人」嫌悪。
 ・太宰治の無頼
  東大入学期,入水直前期。「父」における「炉辺の幸福」否定
 ・作家の時代への眼
  小説が時代の指標たり得た時代は終焉。現実が先行。太宰の小説は同時代から切り離すと死んでしまう傾向。
 ・「如是我聞」の意味
  唯一の長編評論。文化人,老大家(志賀直哉)攻撃。
 
 ○無頼派の面々-坂口安吾
 ・「桜の森の満開の下」
  まったく不思議な小説
 ・桜の花への不安と恐れ
  山賊の桜に対する恐れ,違和感
 ・退屈する山賊
 ・山へ帰る山賊
 ・文学のふるさと
  人間の生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独。美と向き合ったときの孤独。「夜長姫と耳男」も同様のテーマ。

第三部 時代の先端としての文学
 ○三島由紀夫
 ・二十六年前の記憶
 ・早熟の才・「文芸文化」
  「花ざかりの森」を十六歳で「文芸文化」に連載。
 ・「花ざかりの森」
  現実感乏しいがおそるべき才能。
 ・「仮面の告白」
  異質な感覚。昭和24年。
 ・「金閣寺」
  昭和31年。水上勉「五番町夕霧楼」と比較するとおもしろい。「美」への愛憎,格闘。
 
 ○遠藤周作
 ・時代は動く
  戦後10年後頃の世相
 ・身の丈に合わない「洋服」
  大連での幼少期,両親の不和,11歳でカトリックの洗礼。「異邦人の苦悩」。キリスト教という洋服を和服に替える。
 ・「神々」と「神」の問題
  文芸評論「神々と神と」。神々=日本人の汎神論的体質。堀辰雄の「花あしび」を対象とする。一神教と汎神論のアンビバレンツ。
 ・小説家遠藤周作の誕生
  留学後の処女作「アデンまで」。以後,「白い人」,「黄色い人」。
 ・日本人につかめるイエス像
  「神の不在」に対する挑戦。以後,「海と毒薬」,「沈黙」。

 ○開高健
 ・若者と旅
  通底する漂泊の感情
 ・開高健の文学的出発
  初期の代表作「パニック」,「裸の王様」。前者がよりすぐれている。
 ・「パニック」,自然界の怒り
  処女作から「個人の文学」ではなく「状況の文学」。
 ・ベトナム戦争,「輝ける闇」
  ベトナム体験から戦争の愚かさを知る。

 ○大江健三郎
 ・「漆黒の闇」
 ・学生作家としてデビュー
  昭和32年「奇妙な仕事」。翌年「飼育」で芥川賞。閉塞状況におかれた青年の心情。
 ・芥川賞受賞作「飼育」
  黒人兵を「飼育」
 ・大人への絶望,文明批判
  少年の現実欺瞞の認識。

 ○井上靖
 ・井上靖と伊豆
  井上家は伊豆の医家の家系。土蔵で祖母と暮らす。
 ・教養小説について
  教養小説=自我形成のプロセス=物語・小説の基本形。「次郎物語」「三四郎」「暗夜行路」。そして「あすなろ物語」。
 ・「あすなろ物語」と母性思慕
  鮎太の周りの女性は皆年上。無償の愛を求める=作者自身。
 ・歴史小説,夢を託す
  「天平の甍」「楼蘭」「敦煌」。歴史小説の主人公は「作家の意欲」の実現。「蒼き狼」論争。

 ○高橋和巳
 ・パスティーシュ手法の清水義範
 ・文学は変わった!
  高橋文学=苦悩教の文学。死語になった「純文学」。井上ひさしあたりからエンターテイメント化。
 ・高橋和巳の読まれた頃
  昭和37年「悲の器」でデビュー。京大紛争に関わる。学園紛争時代によく読まれた。
 ・「かわいそうな人」
  妻・高橋和子。破滅型の「主人」=太宰,壇一雄を彷彿とさせる。実は繊細。

第四部 解体から構築へ
第一章 昭和四〇年という時代

 ○「されどわれらが日々―」―柴田翔
 ・「愛と死を見つめて」の意味
  昭和38年。新幹線開通前夜の東京−大阪間の様子を記録(藤井淑禎の論による)。
 ・時代・社会が動く
  昭和39年オリンピックが節目。
 ・「されどわれらが日々―」の登場
 ・空虚感と燃焼と
 ・失ったものの大きさ
  村上春樹「ノルウェイの森」との共通性。しかし違いも。

 ○「沈黙」―遠藤周作
 ・ボロブドゥールの遺跡
 ・キリストの顔の変化
  「沈黙」=昭和41年。弱者を慰めるキリスト。

第二章 戦争との訣別

 ○「火垂るの墓」―野坂昭如
 ・戦争のある姿―餓死する兄妹
  野坂自身の境遇との異同。「一九四五・夏・神戸」はより事実に近い。
 ・鎮魂の思い
  「火垂るの墓」=野坂文学の原点。「焼跡闇市逃亡派」との自己規定。その他「エロ事師たち」,「アメリカひじき」
 ○「蒼ざめた馬を見よ」―五木寛之
 ・三十三歳という年齢
  野坂も五木も三十三歳で脚光浴びる
  核心に幼児期の植民地体験と敗戦時の母の死,引き揚げ者としての暮らし
 ・「蒼ざめた馬を見よ」
  「さらばモスクワ愚連隊」の二年後。昭和42年。文学的頂点。

 ○「アカシアの大連」―清岡卓行
 ・二十歳のエチュード
  出生における異郷と故国の問題
  詩人・原口統三を題材に「海の瞳」。祖国日本に対する原口の違和感。風土の故郷と言語の故郷
 ・麗しの大連
  戦時中の大連の静謐を描く。
  
 ○「泥の河」―宮本輝
 ・同世代の感覚
  オリンピック〜万博
 ・あっけない,人の死
  昭和52年「泥の河」。舞台は昭和30年。「すか」のような死に方をする人々。
 ・宿命の克服
  郭舟での信雄の生活。
脇本平也『宗教学入門』 講談社学術文庫 1997.8.10第1版発行
八 宗教的世界観 3 他界観・来世観 より


・他界=空間的,来世=時間的。異質性・超越性と親縁性・連続性。
1 所在の問題
2 他界の実質
3 現世の人々への作用


1 所在の問題
・水平線上(海のかなた,西方十万億土)
・垂直線上(地下,地上の高所,天上)
・日本では山岳信仰あり。「高天原」の例もあり。
・他界との交通:例 お盆の迎え火・送り火

2 他界の実質
・ギリシャの冥界は地下にありたいした意味無し。ハデス。
・「天国と地獄」:審判と応報
・因果応報が繰り返されると「輪廻」。
・供養の仕方も死後に影響。平安時代の「御霊信仰」。
・現世の延長〜超越的世界〜他界観・来世観そのものを越える世界(仏教,キリスト教)

3 現世の人々への作用
・現世の不幸をどう考えるか
 キリスト教では「神義論」:この世に神はいないのか
 他界観:「前世の因縁」・「祖先の祟り」。善悪応報。現世を戒める役割,道徳・規範力。

湯浅泰雄『日本人の宗教意識』 講談社学術文庫 2000.7.19第三版発行

I 神話から宗教へ
一 日本文化の
かたち―中国文化との比較―
1 中国にはなぜ神話がないのか
中国民族は神話の伝統を否定抹殺するところから文明化が出発した
日本の場合は『古事記』『日本書紀』『風土記』など,いわば公文書。

中国では儒教的「文人」が政治を志向。知力によって歴史が始まる。
日本では武力によって歴史が始まる。例えば,スサノヲ,ヤマトタケル

2 日本の英雄伝説―貴種流離譚
ヤマトタケル伝説は貴種流離譚だが根底に「禁じられた女性を犯した罪」(母性の拒否)がある。
日本神話では母なるものからの独立が不十分。情緒的・非合理的心性。父的要素の乏しさ。

3 文化の型はどうしてきまるか
母子関係:エロス,父子関係:ロゴス
中国はロゴス的,日本はエロス的

4 政治と文化
日本では文化(宗教)が政治を離れていった。
「文人」は世俗から離れる。

中国の文人は政治家。地位指向性。日本人は目標指向性(職人,企業人)

5 道徳のあり方
変化しやすい法律,容易に変わらない習俗
中国人の道徳(儒教)は規範として定着したが日本の場合それに相当する道徳の伝統はない。
母なるものの権威は強い。例えば,清明心,正直,無私,誠,まごころといった情緒的な心性。

6 現代日本の思想的課題
国家が滅びる経験,異民族とつきあう経験がなかったこと
現代においてどのように普遍的な理念を確立するか

I-二
密教と日本文化
奈良仏教(都の仏教)と平安仏教(山の仏教)の非連続性
観音信仰を流布したのは修験山伏
日本仏教は密教化(多神教化)したことで日本化した。
古代神話における神々は災厄の源泉,畏怖の対象→仏教により加護者・救済者化
日本人は仏教によって花鳥風月を愛でる「日本人」となった。

井沢元彦『仏教・神道・儒教 集中講座』 徳間文庫 2010.8.20発行
仏教集中講座
折り紙とビーフカレーの国・日本における仏教の変容
・「仏法」から「仏教」へ
 「仏教」は近代宗教学の用語。
・仏教はこうして生まれた
 古代インダス文明に多く生まれた自由思想家の一つ
・この世は苦しいことばかり
 ゴータマ・シッダルタの「四門出遊」→「四苦八苦」
・「執着と苦しみ」「諸行無常と悟り」について
 苦行→執着による苦しみ,煩悩→無常の悟り
・「涅槃」とは何か
 煩悩の炎を消した状態=死ぬ
・「輪廻転生」とは何か
 「六道」を生まれ変わる=不滅の人間,という設定
・「解脱」とは何か
 天上界でも輪廻転生の輪の中にある。
 輪廻の輪からはずれること=解脱
 解脱した人=如来・仏陀
・「浄土」と「往生」について
 「往生」とは如来が支配する「浄土」に生まれ変わること
 ただし「浄土」の概念は大乗仏教の考え方
・釈迦の遺骨「仏舎利」と五重塔について
 仏舎利を祭るのが五重塔。仏像以前。
・最初の「お経」はこうして誕生した
 結集=釈迦の教えを書き留める
・仏教の「根本分裂」と「大乗仏教」について
 アショカ王の時代,出家主義の保守派と革新派に分裂
 「大乗仏教」は革新派の自称
・「南妙法連華経」は捏造?それとも方便?
 大乗仏教は「釈迦を拝め」と言い始めた:方便。仏典の創作。「法華経」。
 富永仲基による「大乗非仏説」:批判
・凡人でも「成仏」できる道をひらいた阿弥陀さま
 仏陀信仰が進むと「仏陀」は一人でなくてもよいことに。
 如来がどんどん増えた。
 阿弥陀さまは元々古代インドの修行者。
 菩薩:如来になる前の修行状態。
 阿弥陀は「私を念仏すれば浄土に生まれ変われる」と言った:「王本願」
 他力による往生,次に修行して仏になる(成仏)。
・「南無阿弥陀仏」とは何か
 阿弥陀信仰=浄土教 源信「往生要集」
 極楽浄土の再現=平等院鳳凰堂 「観想念仏」=阿弥陀如来のイメージ化
 口称念仏=「南無阿弥陀仏」と唱えるだけでよい=浄土宗,空也上人
 親鸞=極楽に行くことは決まっている,その感謝が念仏
 一遍=念仏は一遍でよい
・「他力本願」と親鸞の浄土真宗について
 念仏による往生=他力本願=親鸞=「悪人正機説」
・仏の増加とともにお経も増え続ける
 三蔵法師は本来固有名詞でなく,膨大なお経に精通した人のこと
・膨大なお経を整理した天台宗
 最澄:法華経が最強。
 比叡山延暦寺は総合大学としての機能=鎌倉仏教の担い手を輩出。
・「密教」とは文字で伝えられない秘密の教え
 空海。以心伝心。真言宗。
 円仁。園城寺〜三井寺。天台密教とは不仲。
・「他力本願」への反省から禅宗が生まれた
 禅宗:自力修行。栄西の臨済宗。武家社会で政治との結びつき。
 道元:曹洞宗。臨済宗批判。出家主義。大衆からの遊離。
・「日蓮宗」が排他的でかつ迫害を受ける理由
 法華経以外は誤りとの立場。他派を攻撃。
 上行菩薩の自覚。自らが信仰の対象となる。
・「題目」と「南無妙法蓮華経」の超過激性について
 法華経は大衆には難しい。「南無妙法蓮華経」(タイトル:題目)だけを唱えればよい。
 鳴り物入りで唱える。創価学会。「安土宗論」。
・神様と仏様の融合「本地垂迹説」について
 本地=本来の姿,垂迹=仮にこの世に現れる
 例えば,阿弥陀如来の化身が熊野権現
 こうした神仏混淆は明治維新の廃仏毀釈まで続いた→国家神道へ
・信長の「比叡山焼き討ち」と僧侶の「武装解除」について
 信長がターニングポイント。
・家康の「檀家制度」によって日本仏教は堕落していく
 檀家制度により寺社が役所化。堕落。危機的状況は現在も続く。
 
神道集中講座
・神道はなぜわかりにくいのか
 聖典がないから。
・「国家神道」と「本来の神道」とは別のもの
 国家神道は無理矢理一神教的性格を持たされた
・神道はインドにも中国にもない日本独自のもの
・神道は「邪な神」も祭る
 祭る=御利益を得るため,邪神をなだめて善神に転化させるため
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